【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
(……痛みが怖いわけじゃない)
(これでこのひとの気が晴れるのなら……)
「…………」
アオイはそっと瞳を閉じた。諦めというより大きな優しさのようなものが彼女の心を満たしている。
が、その時――
「キーキーうるせぇんだよ」
突如現れた聞きなれぬ声。
「……なっっ!! だ、だれ……っ!?」
弾かれたように振り返ったウィスタリアは声のしたほうを睨んで身構える。城の者に目撃されたと思ったのだろう。声こそ凄んでいるが、怯んだように一歩二歩後ずさり始めている。
「甘い血の匂いに誘われて来てみたが、こんな面白い展開が待っているとはな」
ギラリと光る紅の瞳が獲物を狙う鬼のようにみるみる鋭さを増していく。そしていつからいたのか、黒髪に短髪の彼はすでに窓側のソファへ腰を掛け、長い足と腕を組んでいる。
「…………」
(……扉はここだけ。窓から出入りするなんて城に仕える身じゃないわね。それに下品な言葉使い……)
そして気になるのが男の発した言葉だった。
「……血? まるでヴァンパイアみたいなことを言うのね」
再び口角を上げたウィスタリア。言葉使いや現れ方を見ても部外者の可能性が高いと判断した彼女は薄ら笑いを浮かべている。
「そうだとしたら?」
漆黒の髪を風に揺らした青年は長い手足を投げ出し面白そうに笑っている。
「もしそうなら……この赤ん坊をくれてやるわっっ!!
跡形も残らないように存在すべて消し去って欲しいのよっっ!!」
(誰でもいいっ!! 人攫いでも咎人でも……この赤子を消してくれるなら誰でもっっ!!)
キュリオのテリトリーにヴァンパイアが入り込めるわけがないと高を括って高らかに笑うウィスタリアだが、男はやれやれ……とため息をついた。
「言われなくともそのガキは俺の獲物だ」
立ち上がる素振りを見せ片足に力を入れた男。
「……汚ねぇ手で触るんじゃねぇ」
身の毛がよだつような唸り声がウィスタリアの耳を掠めたかと思うと、手の中にあったはずの重みが一瞬にして消え去る。
「……な、なに……? 何をしたの……?」
あっという間の出来事にウィスタリアは混乱している。
(……急がないと人がっ!)
花瓶が割れる音を誰かが聞きつけたかもしれない。そして間もなく戻るであろうミルクを作りに出た侍女や、キュリオがこの部屋を訪れるかもしれないのだ。気ばかりが焦り、自分の置かれている立場が逆転してしまったことに彼女はまだ気づいていない。
「やっぱり甘い血の臭いはお前だったか。……痛いか? もう少し我慢できるか?」
「…………」
血と涙に濡れた赤子の目元を親指で優しく拭う青年。しかし、傷口に触れられた痛みも気にならない様子の赤子は大きな瞳を潤ませて目の前彼をじっと見つめている。
さっきとは打って変わった優しい男の声にウィスタリアが再度ソファへと視線を向けると、彼は先ほどと同じ姿勢のまま今度は腕に赤子を抱いていた。
「……ま、まさかっ……」
嫌な汗が額を流れ、女神の体は小刻みに震えていく。
(尋常じゃない速さに赤い、瞳……血の匂いを嗅ぎ分けることが出来るなんて……)
「……ほ、本物の、ヴァンパ……イ、……ア……?」
(これでこのひとの気が晴れるのなら……)
「…………」
アオイはそっと瞳を閉じた。諦めというより大きな優しさのようなものが彼女の心を満たしている。
が、その時――
「キーキーうるせぇんだよ」
突如現れた聞きなれぬ声。
「……なっっ!! だ、だれ……っ!?」
弾かれたように振り返ったウィスタリアは声のしたほうを睨んで身構える。城の者に目撃されたと思ったのだろう。声こそ凄んでいるが、怯んだように一歩二歩後ずさり始めている。
「甘い血の匂いに誘われて来てみたが、こんな面白い展開が待っているとはな」
ギラリと光る紅の瞳が獲物を狙う鬼のようにみるみる鋭さを増していく。そしていつからいたのか、黒髪に短髪の彼はすでに窓側のソファへ腰を掛け、長い足と腕を組んでいる。
「…………」
(……扉はここだけ。窓から出入りするなんて城に仕える身じゃないわね。それに下品な言葉使い……)
そして気になるのが男の発した言葉だった。
「……血? まるでヴァンパイアみたいなことを言うのね」
再び口角を上げたウィスタリア。言葉使いや現れ方を見ても部外者の可能性が高いと判断した彼女は薄ら笑いを浮かべている。
「そうだとしたら?」
漆黒の髪を風に揺らした青年は長い手足を投げ出し面白そうに笑っている。
「もしそうなら……この赤ん坊をくれてやるわっっ!!
跡形も残らないように存在すべて消し去って欲しいのよっっ!!」
(誰でもいいっ!! 人攫いでも咎人でも……この赤子を消してくれるなら誰でもっっ!!)
キュリオのテリトリーにヴァンパイアが入り込めるわけがないと高を括って高らかに笑うウィスタリアだが、男はやれやれ……とため息をついた。
「言われなくともそのガキは俺の獲物だ」
立ち上がる素振りを見せ片足に力を入れた男。
「……汚ねぇ手で触るんじゃねぇ」
身の毛がよだつような唸り声がウィスタリアの耳を掠めたかと思うと、手の中にあったはずの重みが一瞬にして消え去る。
「……な、なに……? 何をしたの……?」
あっという間の出来事にウィスタリアは混乱している。
(……急がないと人がっ!)
花瓶が割れる音を誰かが聞きつけたかもしれない。そして間もなく戻るであろうミルクを作りに出た侍女や、キュリオがこの部屋を訪れるかもしれないのだ。気ばかりが焦り、自分の置かれている立場が逆転してしまったことに彼女はまだ気づいていない。
「やっぱり甘い血の臭いはお前だったか。……痛いか? もう少し我慢できるか?」
「…………」
血と涙に濡れた赤子の目元を親指で優しく拭う青年。しかし、傷口に触れられた痛みも気にならない様子の赤子は大きな瞳を潤ませて目の前彼をじっと見つめている。
さっきとは打って変わった優しい男の声にウィスタリアが再度ソファへと視線を向けると、彼は先ほどと同じ姿勢のまま今度は腕に赤子を抱いていた。
「……ま、まさかっ……」
嫌な汗が額を流れ、女神の体は小刻みに震えていく。
(尋常じゃない速さに赤い、瞳……血の匂いを嗅ぎ分けることが出来るなんて……)
「……ほ、本物の、ヴァンパ……イ、……ア……?」