【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 キュリオのように長い命を持つ彼はさすが聖獣と言われるだけあって、日頃から人目を避けて静かな森の中でひっそり暮らしている。
そしてその高貴な彼の姿を知る人物は極わずかで、悠久の城に仕える上位者たちはこれに該当する。

ダルドは清らかな川底で光る目当ての物を道具を使い丁寧に砕く。彼は手の平に収まるほどの石を日の光へ翳し、くもりなく七色に反射したのを見届けると満足そうに頷いた。

「うん。これも一級品だ」

悠久の地でしか採れない貴重な鉱物を使い慣れた鞄の中に仕舞いこむと、ダルドは風のように森の中を駆けていく。

「大丈夫。僕のほうがはやく家に着く」

ひとり納得したように呟くと彼は棲家である山小屋へと向けて速度を上げる。

(……たぶん五人。城のほうからやってくる。キュリオ王の使いに違いない)

並外れた嗅覚と聴覚が彼に細やかな情報を与え、人型聖獣となって過ごした数十年の経験がその先の予測を立ててくれた。

「……修理か武器の新調か……」

一人住まいとしては十分な広さを持つ小屋へあっという間にたどり着くと、採取してきたいくつもの純度の高い貴重な鉱物を鞄の中から取り出し、修理に最適な紫色の鉱物を作業部屋の棚の中から幾つか持ち出してきた。

さらにダルドはキュリオに何を注文されてもいいよう、愛用の手帳とインク、羽ペンを用意する。

「あとは……」

いよいよ近づいてきた気配に窓の外を見ると、馬に乗った身なりの良い男たちが人の乗っていない馬を引き連れてこちらに向かっている姿が確認できた。

「具体的に要望があれば教えてくれるよね」

彼らの服装からキュリオの家臣であることを確信したダルドはお手製のクローゼットから特別に誂えられた外套を手繰り寄せ、とりあえず手身近な椅子に座って待つ。

(……前にキュリオ王に呼ばれたのはいつだっけ……)

鍛冶屋(スィデラス)の彼が呼ばれるのは、大抵はキュリオの腹心たちが昇格した時やそれに見合った実力を備えた者たちに与えられる武器を生成するときだった。

ダルドは武器を生み出す才能に突出しており、それを必要としている相手を一目見ただけで何がその者に向いているのかを見極めることができる。
そして噂では料理長のジルが愛用している包丁なども彼が作ったという話もあり、なにをさせても難なく仕上がってしまう程に多才である事は間違いない。

ぼんやりと悠久の城でのやりとりを思い出していると、馬の鳴き声と共に人の足音が近づいてきた。

――コンコン

扉を叩く音がして礼儀正しい男の声が響いた。

『失礼いたしますダルド様。キュリオ様よりご依頼でございます』

「うん。開いているよ」

すでに待ち構えていたダルドが返事をかえすと、ゆっくり扉が開いた。

「今回はどんな用件? 急がないならいいけど、早急だったらある程度準備したいのだけど」

ダルドは立ち上がり、手元の鞄にポンポンと手をのせると家臣に話を促す。

「ハッ!
期限は明日の朝、ご依頼の内容はキュリオ様より預かって参りましたこちらに御目通し願うよう仰せつかっております」

「明日の朝か……」

顎に手をあて考え込む彼は、受け取った書簡に目を通しながら鞄を手に奥の部屋へ戻る。
見慣れたキュリオの文字からレシピを考案するように分厚い魔導書といくつかの鉱物、さらに小首を傾げながら別の棚で煌めく桃色の石を布で包んで鞄へとしまう。

「……武器じゃないものがひとつ……」

(珍しい……)

いままでの依頼に一度としてなかった女性物の装飾品をあらわす言葉にダルドは疑問を持ったが、それがどう使われるか、誰に渡る物なのかは想像できなかった。

「お待たせ。じゃあ行こうか」

バサッと羽織ったダルドの外套には銀細工のブローチがついている。これはキュリオが彼に直々に手渡した、城の外に住まいながらも自由に城への出入りを許されている者の証だった。
彼は数人の家臣に誘導された気品あふれる一頭の馬へと跨り、手綱を引いた。

(本当は僕が走ったほうが速いかもしれないけど……)

内心本音をもらしたダルドだが、こうしてひとりの人間として扱ってくれるキュリオの心遣いが少し嬉しくもあった――。
< 165 / 212 >

この作品をシェア

pagetop