【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

仕立屋(ラプティス)・ロイ

アオイを膝に乗せ昼食を口にしていたキュリオの元へと先に報告が入ったのは、馴染みのある仕立屋(ラプティス)の彼が入城したという知らせだった。

ダルドは人型聖獣だが、この仕立屋(ラプティス)はただの人間であるため寿命は限られており、そのかわり何世代にも渡って悠久の王とこの城に仕えてきた由緒正しき一族である。


器用な彼らの作業は全て手縫いにも関わらず、その縫い目はわからぬほどに細やかで美しい。それでいて丈夫で生地選びにも抜かりはないため安心して任せられる。一個人に向けらた衣装などはその者の美しさを最大限引き出せるほどに出来栄え素晴らしく、下手な装飾で身を飾るよりもよほど良い。

そして先代の王の時代に作られたとされる使者の外套も当時と変わらず痛みなくあり続けていることから、歴代の仕立屋(ラプティス)らの腕の良さが充分に伺い知ることができた。

『失礼いたしますキュリオ様。ロイ殿をお連れいたしました』

「あぁ。ありがとう」

扉の内側からキュリオが承諾した声が響くと、家臣の背後から顔をのぞかせたのはロイと呼ばれた仕立屋(ラプティス)の彼だった。

「お久しぶりでございます! キュリオ様!」

丸い眼鏡に黒髪といった大人しそうな三十代前半ほどの青年は、その風貌に似合わず瞳を輝かせながら小走りにやってきた。
立ち上がったキュリオは左手に幼子を抱いたまま握手を交わそうと右手を伸ばす。

「ロイ、急にすまなかったね。元気そうでなによりだ」

差し出されたキュリオの美しい手にロイは両手で受け止め、頬を染めながら頭を下げる。

「キュリオ様のお力のお陰でございます!
祖父母は足腰が弱りさえしましたが、いまもなお現役で働いております!」

興奮したように熱弁を振るうロイの熱気にキュリオは優しく笑いかけた。

「ふたりとも……そろそろ百近いのではなかったかな? ふふっ、私も負けていられないね」

「はいっ!」

顔を上げたロイの胸元にもやはり銀細工のブローチがキラリと光っている。ロイの一族はひとりに一つではなく城に参上する際、王に謁見する者がそれを身に着けてやってくるのだ。

納期が長いとしても頼まれた形状、個々の体格、数を把握するには到底一人では不可能なため、彼らはいつも数人で城を訪れることが多い。
しかし、今回ばかりは――

「キュリオ様、お話は伺っております。赤子用のお召し物をとお考えなのですよね?」

「あぁ、その赤子というのがこの子のことなんだ。明日の朝までに一着、銀の刺繍を入れてお願いできるだろうか?」

その言葉を受け彼の腕の中を覗いたロイ。
パチクリと真ん丸な瞳を瞬かせた愛らしい赤ん坊がキュリオの胸元をしっかり握りしめ、興味ありげにこちらの様子をうかがうように見つめている。

「赤子に銀の刺繍入りのお召し物とは、もしかして……」

「そうだね。君たちにも末永く世話になるのだから話しておこう」

アオイを含めた三人は窓際のソファへと移動し、運ばれてきた紅茶に口をつけるとロイは緊張したように背筋を伸ばしキュリオの言葉を待つ。

「――彼女の名はアオイ。数日前に聖獣の森で置き去りにされているところを発見された身寄りのない赤ん坊なんだ」

伏し目がちに視線を落としたキュリオは指先で彼女の柔らかい頬をなぞる。すると屈託のないアオイの笑顔が花開くように綻んだが、その笑顔の裏にある彼女の本当の親とこの子の関係を考えると胸が痛んだ。

「……キュリオ様……」

悲しそうなキュリオの表情を目にしたロイは彼の心を理解しながらも発する言葉を見つけられず口を閉ざす。

「……手は尽くしたが彼女の両親を見つけることは叶わなかった。そしていま私は自ら望んで彼女の父親になることを選んだという訳さ」

(――いや、違うな。最初からそうなることを私は心から望んでいた――)

心のなかで自身の発言を否定しながらも、望んだ通りとなった現在(いま)に彼はとても満足している。
しかし”親が見つからなければいい”などという言葉は立場上到底許されるものではないため、本音は胸の奥深くにしまい込む。

「そうだったんですね……」

視線を下げたロイはもう一度、赤ん坊の姿を目に留める。
すると大きな腕の中、安心しきった笑顔を浮かべる彼女が見つめる先ではそれ以上に幸せそうに微笑むキュリオの顔があった。

(このおふたりの間に流れるあたたかな雰囲気は……)

「……私にはこう見えます」

「うん?」

「キュリオ様を愛するために生まれてきた、……たったひとりの乙女。
なんて……、柄にもないことを……す、すみませんっ!!」

生真面目な性格のロイは、自分で発した言葉に頬を染めながら照れたように後頭部に手を当てている。

「…………」

顔をあげたキュリオの美しい空色の瞳が驚いたようにロイを見つめている。

「そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとうロイ」

優しい笑みを向けられ、ロイの頬はさらに上気していく。

「い、いいえっ! 大切なアオイ様のお召し物。このロイ、全身全霊をかけて仕立てさせていただきます!!」

「あぁ、よろしく頼む」

再び信頼の意を込めた握手を交わしたキュリオとロイ。
そうして話がひと段落すると、キュリオの合図により刺繍に使う銀の糸や数多の上質な生地が丁重に作業部屋へと運び込まれ、腕まくりしたロイは大急ぎでアオイの採寸を始めたのだった――。

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