【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「どうだいダルド。カイは君のお眼鏡に叶っただろうか?」
「……僕が決めることじゃないから……」
渋々承知といった様子の彼はため息交じりの言葉を吐き出すと使い慣れたバッグへと手を差し入れた。
やや白みがかった水晶のような鉱物をひとつ取り出し、肩から下げていた分厚い魔道書のひもを解く。
ダルドが表紙へと手を翳すと古びた魔導書は息を吹き返したように光輝き、やがてそれは意志を持つ者のようにダルドの心と同調して輝きを強めていく。
幻想的な輝きに気づいた鍛錬中の剣士らが思わず見入ってしまうほどにその光景は美しく、目を閉じたダルドがどう魔導書を操作しているのかはわからないが、何かを模索するように翳した手の下でひとりでに捲られていくページ。
そして半ばに差し掛かったところで一枚のページが淡く光を放つと、彼は迷いなくその部分を開いて頷いた。
「うん。僕もこれがいいと思う」
この言葉はキュリオに向けられたものではない。
彼が魔導書と対話しているのだ。
「…………」
(いつ見ても不思議な光景だな……)
キュリオがダルドの手元を覗き込むと、開かれた魔道書の片面に魔方陣のようなものが描かれているのが見えた。そしてその中心に描かれているのは間違いなく剣である。
ダルドは羽ペンを取り出し、魔方陣が一部途切れている部分へ自身の名前を入れていく。そして欄外へ書き足された鉱物の名称。
「キュリオ王、ここに彼直筆のサインが必要になります」
ダルドが指差した先を見つめると、輝き始めた陣の一部にわずかな空白があるのが見えた。
そこへ所有者となる人物が自らの名を刻むと魔方陣は完成し、適切な鉱物を得て生成が始まる。幾度となくその光景を目にしているキュリオは快く頷く。
「あぁ、ではカイのもとへ行こうか」
キュリオに案内され剣士らの合間を縫って歩いていくと、ダルドの光が届いていなかったらしい奥のほうでは鍛錬に励む数十名の剣士の姿があった。
「失礼するよ」
「は、はいっ……申し訳ございま……っ!?」
品のある声に思わず振り返った数人の剣士が目にしたのは、この場にいるはずのない尊い#主__あるじ__#の姿だった。
「……キュ、キュリオ様!! なぜここに……っ!?」
「後ろにおられるあのお方の耳は、……聖獣か……?」
「……誰を訪ねて来られたのだろう……」
大勢の剣士たちが固唾をのんで見守るなか、尊敬の眼差しを受けたふたりは迷うことなく奥へと進んでいく。
「いいかカイッ! お前の動きは一直線過ぎるんだ!! たまには違う手で来てみろっ!」
「……ッンガッ!!」
前のめりに転んでしまったカイは悲惨な声をあげて激しく顎を打ち付けている。
やがて派手に倒れた彼の目の前に差し出された白く美しい手。
「……ん? さ、さんきゅー……?」
普段、鍛錬中の彼に手を差し伸べる者など誰もおらず、カイは不思議そうにその手を掴みながらゆっくり立ち上がった。
「頑張っているようだねカイ。あまり痛むようならあとで魔導師に診てもらいなさい」
と、穏やかな言葉が頭上に降りてくる。
「……え?」
(こ、この声……)
ハッと顔を上げたカイは目の前で佇む人物に雷を打たれたような衝撃を受け、咄嗟にキュリオの手を離したばかりに今度は勢いよく尻もちをついてしまった。
――ドサッ
「んげっ!」
すると今度は不機嫌そうな言葉と視線がカイの体を突き刺していく。
「君にはその木刀がお似合い。キュリオ王、いまならまだ別の者にすることは可能です。……いま一度お考え直しを」
ダルドの言葉にふっと笑みを浮かべたキュリオは小さく首を振り、彼を#窘__たしな__#める。
「いや、変更はなしだ。彼はまだまだこれからの子だよ。
最初から完璧にこなせるようでは……その先が心配だとは思わないかい?」
「…………」
キュリオの言葉に口を閉ざしたダルドはそれでも納得がいかないようにカイをきつく睨んでいる。
「キュリオ様! 申し訳ございません! カイがまた何か不手際でもっ……」
木刀を腰に収めたブラストが心配そうにキュリオへと近づき、未熟な弟子が犯したであろう罪を謝罪するように頭を下げた。
「彼はなにもしていないよ。皆には明日の朝知らせようと思ったのだけどね。
カイとアレスには私の傍で長期的な任務に就いてもらうことにしたんだ」
「……長期的な任務、でございますか?」
教官のブラストは心配そうにカイへと視線をうつす。見習い剣士の彼が任務に就くということは剣の腕はもちろんのこと、その小さな肩に大きな責任を背負うことになるのだ。
「……お言葉ですがキュリオ様、カイのほかにも適任者は多くいると思われます。もしくはこのブラストが……」
言いかけた彼の言葉を遮るようにキュリオは片手でそれを制した。
「彼以外の適任者はいないと思っている。私がもし聞くとしたら……あとは彼の意志だけだ」
声色を下げ、有無を言わせぬキュリオの眼差しに貫かれたブラストは額に大量の汗をかきながら深く頭を下げた。
「……もっ、申し訳ございませんっ!」
「ブラスト、君の心配はわかるが……そんなに堅苦しいものではないんだよ? どうかなカイ」
「……えっ!? えっと……」
ふたりのやりとりを見ていたカイはキュリオに名前を呼ばれ、ハッと我に返る。
(エデン王が言ってた……任されて一人前じゃない、やり遂げてこそ……)
力強く木刀を握りしめた手には並みならぬ決意が滲んでいる。
「……お、俺っ! やってみたい!! 俺にしか出来ないこと……絶対やり遂げてみせるっっ!!」
キラキラと瞳を輝かせ、キュリオの前で姿勢を正した幼い日のカイ。
その姿に頷いた銀髪の王は満足そうに右手を伸ばす。
「あぁ、きっと君ならやり遂げられる。よろしく頼む」
「はいっっ!!」
固く握手を交わしたふたりの間でダルドが小さくため息をつくと、ようやく彼の気配に気づいたブラスト。
「……貴方様はもしや……」
これ以上にない一流の#鍛冶屋__スィデラス__#をキュリオが連れているということは何者かが重要な任務に就くことを表している。
「カイの任務というのは……キュリオ様の護衛でございますか?」
「…………」
恐れ多くもキュリオに質問を申し出たブラストだが、それは彼の微笑みをもって沈黙を返されてしまう。
(……キュリオ様がおはなしにならないということは……ここでは言えない内容、か……)
「出過ぎた真似を……申し訳ございません」
非礼を恥じ深く頭を下げたブラストだが、キュリオはそんな彼に一歩近づき耳元で囁いた。
『……今夜、食事が終わったらガーラントと君に話がある。私の執務室に来ておくれ』
「……僕が決めることじゃないから……」
渋々承知といった様子の彼はため息交じりの言葉を吐き出すと使い慣れたバッグへと手を差し入れた。
やや白みがかった水晶のような鉱物をひとつ取り出し、肩から下げていた分厚い魔道書のひもを解く。
ダルドが表紙へと手を翳すと古びた魔導書は息を吹き返したように光輝き、やがてそれは意志を持つ者のようにダルドの心と同調して輝きを強めていく。
幻想的な輝きに気づいた鍛錬中の剣士らが思わず見入ってしまうほどにその光景は美しく、目を閉じたダルドがどう魔導書を操作しているのかはわからないが、何かを模索するように翳した手の下でひとりでに捲られていくページ。
そして半ばに差し掛かったところで一枚のページが淡く光を放つと、彼は迷いなくその部分を開いて頷いた。
「うん。僕もこれがいいと思う」
この言葉はキュリオに向けられたものではない。
彼が魔導書と対話しているのだ。
「…………」
(いつ見ても不思議な光景だな……)
キュリオがダルドの手元を覗き込むと、開かれた魔道書の片面に魔方陣のようなものが描かれているのが見えた。そしてその中心に描かれているのは間違いなく剣である。
ダルドは羽ペンを取り出し、魔方陣が一部途切れている部分へ自身の名前を入れていく。そして欄外へ書き足された鉱物の名称。
「キュリオ王、ここに彼直筆のサインが必要になります」
ダルドが指差した先を見つめると、輝き始めた陣の一部にわずかな空白があるのが見えた。
そこへ所有者となる人物が自らの名を刻むと魔方陣は完成し、適切な鉱物を得て生成が始まる。幾度となくその光景を目にしているキュリオは快く頷く。
「あぁ、ではカイのもとへ行こうか」
キュリオに案内され剣士らの合間を縫って歩いていくと、ダルドの光が届いていなかったらしい奥のほうでは鍛錬に励む数十名の剣士の姿があった。
「失礼するよ」
「は、はいっ……申し訳ございま……っ!?」
品のある声に思わず振り返った数人の剣士が目にしたのは、この場にいるはずのない尊い#主__あるじ__#の姿だった。
「……キュ、キュリオ様!! なぜここに……っ!?」
「後ろにおられるあのお方の耳は、……聖獣か……?」
「……誰を訪ねて来られたのだろう……」
大勢の剣士たちが固唾をのんで見守るなか、尊敬の眼差しを受けたふたりは迷うことなく奥へと進んでいく。
「いいかカイッ! お前の動きは一直線過ぎるんだ!! たまには違う手で来てみろっ!」
「……ッンガッ!!」
前のめりに転んでしまったカイは悲惨な声をあげて激しく顎を打ち付けている。
やがて派手に倒れた彼の目の前に差し出された白く美しい手。
「……ん? さ、さんきゅー……?」
普段、鍛錬中の彼に手を差し伸べる者など誰もおらず、カイは不思議そうにその手を掴みながらゆっくり立ち上がった。
「頑張っているようだねカイ。あまり痛むようならあとで魔導師に診てもらいなさい」
と、穏やかな言葉が頭上に降りてくる。
「……え?」
(こ、この声……)
ハッと顔を上げたカイは目の前で佇む人物に雷を打たれたような衝撃を受け、咄嗟にキュリオの手を離したばかりに今度は勢いよく尻もちをついてしまった。
――ドサッ
「んげっ!」
すると今度は不機嫌そうな言葉と視線がカイの体を突き刺していく。
「君にはその木刀がお似合い。キュリオ王、いまならまだ別の者にすることは可能です。……いま一度お考え直しを」
ダルドの言葉にふっと笑みを浮かべたキュリオは小さく首を振り、彼を#窘__たしな__#める。
「いや、変更はなしだ。彼はまだまだこれからの子だよ。
最初から完璧にこなせるようでは……その先が心配だとは思わないかい?」
「…………」
キュリオの言葉に口を閉ざしたダルドはそれでも納得がいかないようにカイをきつく睨んでいる。
「キュリオ様! 申し訳ございません! カイがまた何か不手際でもっ……」
木刀を腰に収めたブラストが心配そうにキュリオへと近づき、未熟な弟子が犯したであろう罪を謝罪するように頭を下げた。
「彼はなにもしていないよ。皆には明日の朝知らせようと思ったのだけどね。
カイとアレスには私の傍で長期的な任務に就いてもらうことにしたんだ」
「……長期的な任務、でございますか?」
教官のブラストは心配そうにカイへと視線をうつす。見習い剣士の彼が任務に就くということは剣の腕はもちろんのこと、その小さな肩に大きな責任を背負うことになるのだ。
「……お言葉ですがキュリオ様、カイのほかにも適任者は多くいると思われます。もしくはこのブラストが……」
言いかけた彼の言葉を遮るようにキュリオは片手でそれを制した。
「彼以外の適任者はいないと思っている。私がもし聞くとしたら……あとは彼の意志だけだ」
声色を下げ、有無を言わせぬキュリオの眼差しに貫かれたブラストは額に大量の汗をかきながら深く頭を下げた。
「……もっ、申し訳ございませんっ!」
「ブラスト、君の心配はわかるが……そんなに堅苦しいものではないんだよ? どうかなカイ」
「……えっ!? えっと……」
ふたりのやりとりを見ていたカイはキュリオに名前を呼ばれ、ハッと我に返る。
(エデン王が言ってた……任されて一人前じゃない、やり遂げてこそ……)
力強く木刀を握りしめた手には並みならぬ決意が滲んでいる。
「……お、俺っ! やってみたい!! 俺にしか出来ないこと……絶対やり遂げてみせるっっ!!」
キラキラと瞳を輝かせ、キュリオの前で姿勢を正した幼い日のカイ。
その姿に頷いた銀髪の王は満足そうに右手を伸ばす。
「あぁ、きっと君ならやり遂げられる。よろしく頼む」
「はいっっ!!」
固く握手を交わしたふたりの間でダルドが小さくため息をつくと、ようやく彼の気配に気づいたブラスト。
「……貴方様はもしや……」
これ以上にない一流の#鍛冶屋__スィデラス__#をキュリオが連れているということは何者かが重要な任務に就くことを表している。
「カイの任務というのは……キュリオ様の護衛でございますか?」
「…………」
恐れ多くもキュリオに質問を申し出たブラストだが、それは彼の微笑みをもって沈黙を返されてしまう。
(……キュリオ様がおはなしにならないということは……ここでは言えない内容、か……)
「出過ぎた真似を……申し訳ございません」
非礼を恥じ深く頭を下げたブラストだが、キュリオはそんな彼に一歩近づき耳元で囁いた。
『……今夜、食事が終わったらガーラントと君に話がある。私の執務室に来ておくれ』