【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
初めての夜
それからキュリオはジルのセンスが際立つ料理を口に運びながら、しきりに何かを気にしている。異変に気が付いたのは後方で待機している女官だった。
「如何なさいました? キュリオ様」
もぞもぞと何かを頬に当て、首を傾げている王の後ろ姿はとても不思議な光景だった。
すると振り返ったキュリオは思いもよらぬ言葉を口にする。
「人肌程度、とはいうものだが……難しいな」
「人肌……でございますか?」
驚いた女官は目を丸くしキュリオの手元を覗く。すると彼が握っていた小さな瓶のボトルを目にすると――
「……中に入っているのは何でございましょう?」
ただ不透明の白い液体。としか彼女の目にはうつっていないため悩むように首を傾げている。
「ミルクだよ。
自分では人肌がどのくらいか……よくわからないものだね」
静かに微笑むキュリオを見て、女官も「ふふっ」と声にして笑う。
「もしや……あの子にでございますか?
もしそうならキュリオ様が直々にやらずとも……」
と、そこで言葉を飲みこみ目を細めた彼女。
「キュリオ様にそのように微笑まれては……私も応援したくなりますわ」
今までになく幸せそうな顔をして笑う、このキュリオの微妙な変化は彼をよく知る者にはすぐにわかるのだった。
「いい頃合いだろうか」
キュリオは食事もそこそこに適温になったであろうミルクのボトルを手にして立ちあがった。
「キュリオ様、……もうよろしいのですか?」
テーブルに並べられた料理の中には手が付けられていないものもあり、普段の食事量からしても足りていないことは明らかだった。
「あぁ、私はもういい。
おなかをすかせている子が待っているから部屋に戻るよ」
片手をあげ、退室しようとする王の後ろを離れて待機していた数人の女官や侍女が急ぎ足に追いかける。中には世話係として先程キュリオの部屋にいた女官の姿もあった。
「お待ちくださいキュリオ様っ! 赤子の世話でしたら私たちが……!」
いくらなんでも血のつながらない赤子の世話など一国の王にさせるわけにはいかない。
しかし、キュリオの反応は薄く――
「君たちはそろそろ休みなさい」
そういう彼の瞳は女官たちの姿を映しておらず、ただ一点、己の寝室へと通じる長い廊下へ向けられていた。
「で、ですが……っ!」
彼女たちの呼びかけも虚しく、歩き続ける銀髪の王は広い階段を流れるように上り、ひときわ美しい重厚感のある扉を軽く押しのけると振り返りもせず扉を閉めた。
彼が取り巻く女性を愛でる対象として見ていないのは今も昔も変わらないが、城に仕えて間もない侍女などは淡い期待や恋心を持つ者も少なくない。だが、そんな期待はすぐに意味の為さないものであることを身を以て知る事となる。
部屋の外に取り残された女官たちはどうすることもできず、心配そうに扉をただ見つめているしかなかった。
――キュリオは月明かりに照らされた静かな室内をみまわし、寝台から一番離れているキャンドルへ小さな灯りをともす。
そしてなるべく音を立てぬよう、そっとベッドの端に腰掛けた。
己の重みでわずかに揺れたベッド。そんな些細なことにハッとして……慌てたように眠る赤ん坊の顔を覗き見る。
「如何なさいました? キュリオ様」
もぞもぞと何かを頬に当て、首を傾げている王の後ろ姿はとても不思議な光景だった。
すると振り返ったキュリオは思いもよらぬ言葉を口にする。
「人肌程度、とはいうものだが……難しいな」
「人肌……でございますか?」
驚いた女官は目を丸くしキュリオの手元を覗く。すると彼が握っていた小さな瓶のボトルを目にすると――
「……中に入っているのは何でございましょう?」
ただ不透明の白い液体。としか彼女の目にはうつっていないため悩むように首を傾げている。
「ミルクだよ。
自分では人肌がどのくらいか……よくわからないものだね」
静かに微笑むキュリオを見て、女官も「ふふっ」と声にして笑う。
「もしや……あの子にでございますか?
もしそうならキュリオ様が直々にやらずとも……」
と、そこで言葉を飲みこみ目を細めた彼女。
「キュリオ様にそのように微笑まれては……私も応援したくなりますわ」
今までになく幸せそうな顔をして笑う、このキュリオの微妙な変化は彼をよく知る者にはすぐにわかるのだった。
「いい頃合いだろうか」
キュリオは食事もそこそこに適温になったであろうミルクのボトルを手にして立ちあがった。
「キュリオ様、……もうよろしいのですか?」
テーブルに並べられた料理の中には手が付けられていないものもあり、普段の食事量からしても足りていないことは明らかだった。
「あぁ、私はもういい。
おなかをすかせている子が待っているから部屋に戻るよ」
片手をあげ、退室しようとする王の後ろを離れて待機していた数人の女官や侍女が急ぎ足に追いかける。中には世話係として先程キュリオの部屋にいた女官の姿もあった。
「お待ちくださいキュリオ様っ! 赤子の世話でしたら私たちが……!」
いくらなんでも血のつながらない赤子の世話など一国の王にさせるわけにはいかない。
しかし、キュリオの反応は薄く――
「君たちはそろそろ休みなさい」
そういう彼の瞳は女官たちの姿を映しておらず、ただ一点、己の寝室へと通じる長い廊下へ向けられていた。
「で、ですが……っ!」
彼女たちの呼びかけも虚しく、歩き続ける銀髪の王は広い階段を流れるように上り、ひときわ美しい重厚感のある扉を軽く押しのけると振り返りもせず扉を閉めた。
彼が取り巻く女性を愛でる対象として見ていないのは今も昔も変わらないが、城に仕えて間もない侍女などは淡い期待や恋心を持つ者も少なくない。だが、そんな期待はすぐに意味の為さないものであることを身を以て知る事となる。
部屋の外に取り残された女官たちはどうすることもできず、心配そうに扉をただ見つめているしかなかった。
――キュリオは月明かりに照らされた静かな室内をみまわし、寝台から一番離れているキャンドルへ小さな灯りをともす。
そしてなるべく音を立てぬよう、そっとベッドの端に腰掛けた。
己の重みでわずかに揺れたベッド。そんな些細なことにハッとして……慌てたように眠る赤ん坊の顔を覗き見る。