【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

望み、生み出されるもの

ダルド帰還の知らせを受けたキュリオは広間の一角、ロイが籠る部屋の扉を叩いた。

「ロイ、君を夕食に招きたいのだが、そろそろどうだろう?」

『あっ! お待ちくださいキュリオ様っ!! すぐ開けますので!!』

 返事とともにバタバタと駆け寄る彼の足音が近づいてくる。

――ガチャッ

「もうそんな時間なんですね。お誘いいただいて恐縮ですが、間もなくドレスが完成いたしますので私はもう少しここで作業を続けます」

 キュリオが同席する食事など身に余る光栄だがロイにはやるべきことがある。それは他でもない自分に任された仕事があるからだ。
 彼の真面目な性格をよく知るキュリオは大人しく頷きながら提案する。

「あぁ、わかった。ダルドも戻ったばかりだからね。いまちょうど湯浴みをしているところなんだ。食事は皆揃ってからはじめようと思う」

「……あ、ありがとうございますキュリオ様……!」

 嬉しそうに頭を下げたロイにキュリオは笑みを浮かべると"では、またあとで"と言葉を残し去って行った。

 さらにやる気で満ちたロイは可憐に輝くドレスの細部へと針を通す。
 首元を柔らかく包んで揺れるのは純白の鳥の羽だ。そしてその周りを縁取るのは銀の刺繍。裾は波打つフレアのように広がりを見せて輝いている。

 ――銀の刺繍に羽――
 王のみが許される銀の刺繍に羽ともなれば、もはやこれは現王キュリオそのものを意味している。一見、それは咎められるべき恐れ多いデザインをあえてロイはキュリオに提案してみせたのだった。そして彼女の存在を誰よりも愛している彼は快く承諾し、とても気に入ってくれた。

 キュリオがこのドレスに天使らしさを感じたのも恐らくこの羽と全体に漂う柔らかな雰囲気によるものだろう。

「……あとはここだ」

 ロイの血族が生み出す美しいシルエットと繊細な技術は、紛れもなくこの若い仕立屋(ラプティス)にも受け継がれている。そして王へ寄り添い、彼の想いを汲み取る能力に長けているのも大きな特徴と言える。

 ――キュリオは広間から退出し、アオイを抱いたまま長い通路を歩いていく。手入れが行き届いた品の良いオブジェや彩(いろどり)鮮やかな花々が至る所に飾られており、明かりが少なくとも寂しさをまったく感じさせない悠久の城。

 おそらく五大国でもっとも色彩に恵まれているのがこの<悠久の国>だ。穏やかな気候は力の持たない人間たちにとってとても過ごしやすい環境にあり、人の集まる場所は必然的に栄える。そうして元より豊かな自然に囲まれたこの雄大な大地には、ひとの手によって新たな色が生まれていったのである。

 同じく自然に恵まれた国といえば<精霊の国>だが、"人間"は存在していない。
 そこに生きるあらゆる命がありのままの姿を見せ、共存する精霊たちもそれに手を加えたりはしない。現・精霊王であるエクシスが住まう彼の神殿も太古の時代の王が建造したものをそのまま使用しているというから驚きだ。

 彼ら曰く、『"物体"にはあまり感心がなく、生命を持つ"生命体"の素の部分に触れることこそが魅力』なのだという。つまりは精霊たちにとって、彼らの住む<精霊の国>こそが理想であり神聖なのだ。そしてその環境はここ悠久にも似たような場所がたくさん残っている。さらには気候も似ていると理由からか、精霊たちがよく羽を伸ばしに訪れ、そのまま居続けるものもいる。

(……そういえばエクシスの言った通りだったな……)

 アオイを救いたい一心で未知なる領域へと初めて足を踏み入れたキュリオ。エクシスから聞いていた"似ている"の意味がわかったような気がする。

("惑わされる"と忌み嫌われていた部分もある<精霊の国>は閉ざされていたわけではなかった。一体いつから……)

 ふと、素朴な疑問が浮かんだキュリオだったが、人見知りのエクシスを見ていれば何となく理解できる。

(……おそらく、彼らは他国との関わりを拒んでいた)

 元はひとつの大地で共存していたとされる五大国。
 太古の精霊たちは人との交流に憧れ、何度も試みたに違いない。彼らはとても純粋で、好奇心に満ちあふれた美しいエネルギーの塊なのだ。しかし、ひとつ大きな障害がある。

 ――精霊は人に触れることが出来ない――……
 一向に埋まらぬ距離、寿命の違い、そして……伝わらぬ温もり……

 一度は歩み寄った精霊と人間はいつしか努力に疲れ、次第に疎遠になり……とうとう別々の道を歩んでしまったに違いない。だからこそ気持ちの優しい"光の精霊"や"水の精霊"は現実と夢の狭間(はざま)で長い時を生きる<精霊王>エクシスと唯一交流を続けるキュリオのことをとても頼りにしているのだ。そして多くを語らぬ精霊王や<精霊の国>には謎が多く、さらに<夢幻の王>と呼ばれる精霊王にはさまざまな謂(いわ)れがあった。

 歴代の精霊王たちはいずれも長く王座に君臨し、<夢幻の王>を<無限の王>と例えることも多々あったと聞く。王の持つ力に比例してその命が長らえることは覆ることのない事実で、偉大な王を生み出すことで名を馳せる<精霊の国>ですらようやく誕生した千年王は実に数万年ぶりだと聞く。

 伝説級と謳われる千年王の力がどれほどのものかは誰にもわからない。

『世界が"何か"を望んだとき、その力を持った人物が生み出され……すべてが大きく変わるだろう。そして――』

『その"世界"自体が一個人の"誰か"かもしれない』

 現王キュリオによく似た容姿を持つ先代の言葉が蘇る。あどけなさを残した当時のキュリオは、なかなか呑み込めない彼の貴重な言葉を何度も繰り返し呟いたものだった。

「"世界"が望んだものが"千年王の力"でなければ良いのだが……」

 この時代に伝説級の千年王が誕生したのがただの偶然であることを強く願うキュリオは愛しい娘を抱く腕に無意識に力を込め、長い廊下へと差し込む暮れる日を見つめボソリと呟いた。

 ――そしてそれは<冥王>マダラにも言えることだった。

『これは唯一無二のお前の神具だ。この鎌がどう形を成すか……ちょっとした逸話がある』

『平穏な代に即位した王の鎌は美しく癖のない形を……』

 しかし、禍々しいまでのマダラの神具は……どうみても戦いに向いた不気味なかたちをしている。

『お前の代はきっと何かが起きる』

 若き次代の王を案じた先代冥王だが、その言葉をこの上なく歓迎したマダラは不穏な笑みを浮かべていた――。

< 195 / 212 >

この作品をシェア

pagetop