【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
ダルドとアオイ
キュリオは長い廊下を抜けて突き当りの大きな扉の前に立つと両脇に控える家臣たちが一礼し、重厚感のある音をたてたそれはゆっくり開いて王と幼い姫をあたたかく迎い入れた。
室内へと足を踏み入れたキュリオは頭を下げた十数人の侍女のなかを奥へ奥へと歩みを進めていく。
「お待ちしておりましたキュリオ様、アオイ姫様。ダルド様も間もなくお見えになりますわ」
彼専用の上質な椅子を引きながら女官が笑みを浮かべ口を開いた。
そしてもうひとりの女官が幼子用の椅子をキュリオの傍に近づけてアオイを座らせる。
「あぁ、わかった。食事は皆が揃ってからにしよう。ゆっくりロイを待とうと思う」
「かしこまりました。では、お飲物をお持ちいたしますので少々お待ちくださいませ」
一礼した女官は数名の侍女を伴い部屋を後にしたが、ほどなくして戻ってきた彼女らの後ろには白銀の人型聖獣ダルドの姿があった。
「キュリオ様、ダルド様をお連れいたしました」
彼女らの背後から顔を出したダルドはまだ湯殿から上がったばかりなのか、ほのかに頬は蒸気して美しい白銀の髪は水気を含んでしっとりと輝いている。
「キュリオ……王、ごめん待たせた?」
城での生活が長いダルドは、やはりこの場所へ帰ってくると口調がわずかにぶれてしまうようだ。
「ふふっ、キュリオでいいよダルド。呼びにくいんだろう?」
「……う、うん……」
数十年程前の笑顔と何も変わらぬキュリオの優しい微笑み。彼を取り巻く従者の多くはすでに他界しているか引退し、残っているのは大魔導師のガーラントくらいのものだろう。
幾度となく見てきた人の入れ替えの中、大きな違いがそこにはあった。
「じゃあ今だけ……キュリオ。アオイ姫を抱いてみてもいい?」
先ほどは作業を控えていたのもあり、顔を合わせる程度で終わってしまったが、ダルドはこの愛らしい生き物にとても興味があった。
「あぁ、もちろんだ。君たちが仲良くしてくれることを私も望んでいる」
キュリオは立ち上がり、大人しくこちらの会話に耳を傾けていた幼子へと視線を落とした。
「アオイ、彼を覚えているね? ダルドにご挨拶だ」
己を抱き上げたキュリオの顔と横に並ぶ白銀のダルドの顔を見比べたアオイ。
端麗な二人の視線が自分に向けられていることに気づいたようだ。。
「んぅ……」
"挨拶"の言葉を理解できずにいたアオイは戸惑いの声を上げた。しかし……
「……?」
見慣れたキュリオとは違う、もうひとりの男には決定的な違いがあることを彼女は発見した。
「……っ!」
戸惑いから一変、ぱっと表情を明るくした彼女はキュリオの腕の中から身を乗り出し、さらには懸命に手を伸ばしてダルドのほうへ行こうと銀髪の王の手の中でもがいている。
「アオイが君のところに行きたがっている。さぁ、ダルド」
「うん……」
人間の子供を見たことがないわけではないダルドだがこうして接する機会も、その必要もなかったため初の試みとなった。
キュリオの腕からアオイを受け取ったダルド。ほとんど重みを感じない幼い姫の体は羽のように軽く……若干高めのその体温はどこまでも優しくあたたかいものだった。
「きゃぁっ」
キラキラとこちらを見つめる二つの瞳に、嬉しそうにほころぶ目元と唇。
そんなアオイを見ているとこちらまでつられて笑みを浮かべてしまうダルド。
「かわいい……」
自然と口を突いて出た言葉。
そしてダルドは胸元にある彼女の顔をより近くで見ようと、両腕でその小さな体を抱えなおす。
今度は彼の首元に顔を埋めるようなかたちになったアオイは気になっていた"あれ"が近づいたことに興奮し、思いっきり腕を伸ばして……とうとうそれに触れることが出来た。
「アオイ姫、な……なにをっ……」
彼女がそっと指先で触れたそれはダルドの狐耳だった。
普段、自分以外の誰にも触れられることのない敏感な耳。わずかに頬を赤らめたダルドは感じたことのないゾクリとした感覚に、ふるふると首を振って驚きに目を見張った。
「きゃはっ」
指に感じたふわふわな獣の感触とダルドの表情やしぐさをアオイはとても気に入ったらしい。冷めやらぬ興奮のまま声を上げて笑い、ダルド頬に頬を合わせて上機嫌な声をあげている。
しばらく戸惑うように視線を泳がせていたダルドだが、嬉しそうなアオイの声を聞いているうちに笑みが戻ってきた。きゅっと小さな体を抱きしめると、彼女はより安心したように体を密着させてくる。
(不思議……アオイ姫とこうしているととても落ち着く……)
「……」
目を閉じて彼女の匂いや感触を記憶にとどめようとダルドはしばらく呼吸するのも忘れてアオイを堪能している。
「キュリオ、またアオイ姫に会いに来てもいい?」
その様子を穏やかな目で見守っていたキュリオは小さく頷く。
「そのことなんだがダルド。君さえよければ、しばらくまた城に滞在してみないかい?」
と銀髪の王は思いがけない一言を提案したのだった。
「え……?」
「家に戻らなくてはいけないかい? もし仕事があるのなら無理にとは言わないが……」
「……鉱物を探しに行くなら城からも行ける、けど……」
あまりに唐突なキュリオの言葉にダルドは何か理由があるのだろうか? と決めあぐねている様子だ。
「この子も君が気に入っているようだし、明日から彼女を取り巻く環境が著しく変化する。そこで身近に知った顔がいてくれたらアオイも心強いだろうと思ってね」
「…………」
そっと視線を下げたダルドは顔を摺り寄せて楽しそうに声をあげているアオイをじっと見つめ口を開いた。
「……僕も、もう少し……アオイ姫と一緒にいたい」
「あぁ、なら決まりだな」
ダルドの返事ににこやかな笑みを浮かべるキュリオ。
こうして人型聖獣のダルドは今一度、思い入れのあるこの悠久の城へと帰ってくることになったのであった――。
室内へと足を踏み入れたキュリオは頭を下げた十数人の侍女のなかを奥へ奥へと歩みを進めていく。
「お待ちしておりましたキュリオ様、アオイ姫様。ダルド様も間もなくお見えになりますわ」
彼専用の上質な椅子を引きながら女官が笑みを浮かべ口を開いた。
そしてもうひとりの女官が幼子用の椅子をキュリオの傍に近づけてアオイを座らせる。
「あぁ、わかった。食事は皆が揃ってからにしよう。ゆっくりロイを待とうと思う」
「かしこまりました。では、お飲物をお持ちいたしますので少々お待ちくださいませ」
一礼した女官は数名の侍女を伴い部屋を後にしたが、ほどなくして戻ってきた彼女らの後ろには白銀の人型聖獣ダルドの姿があった。
「キュリオ様、ダルド様をお連れいたしました」
彼女らの背後から顔を出したダルドはまだ湯殿から上がったばかりなのか、ほのかに頬は蒸気して美しい白銀の髪は水気を含んでしっとりと輝いている。
「キュリオ……王、ごめん待たせた?」
城での生活が長いダルドは、やはりこの場所へ帰ってくると口調がわずかにぶれてしまうようだ。
「ふふっ、キュリオでいいよダルド。呼びにくいんだろう?」
「……う、うん……」
数十年程前の笑顔と何も変わらぬキュリオの優しい微笑み。彼を取り巻く従者の多くはすでに他界しているか引退し、残っているのは大魔導師のガーラントくらいのものだろう。
幾度となく見てきた人の入れ替えの中、大きな違いがそこにはあった。
「じゃあ今だけ……キュリオ。アオイ姫を抱いてみてもいい?」
先ほどは作業を控えていたのもあり、顔を合わせる程度で終わってしまったが、ダルドはこの愛らしい生き物にとても興味があった。
「あぁ、もちろんだ。君たちが仲良くしてくれることを私も望んでいる」
キュリオは立ち上がり、大人しくこちらの会話に耳を傾けていた幼子へと視線を落とした。
「アオイ、彼を覚えているね? ダルドにご挨拶だ」
己を抱き上げたキュリオの顔と横に並ぶ白銀のダルドの顔を見比べたアオイ。
端麗な二人の視線が自分に向けられていることに気づいたようだ。。
「んぅ……」
"挨拶"の言葉を理解できずにいたアオイは戸惑いの声を上げた。しかし……
「……?」
見慣れたキュリオとは違う、もうひとりの男には決定的な違いがあることを彼女は発見した。
「……っ!」
戸惑いから一変、ぱっと表情を明るくした彼女はキュリオの腕の中から身を乗り出し、さらには懸命に手を伸ばしてダルドのほうへ行こうと銀髪の王の手の中でもがいている。
「アオイが君のところに行きたがっている。さぁ、ダルド」
「うん……」
人間の子供を見たことがないわけではないダルドだがこうして接する機会も、その必要もなかったため初の試みとなった。
キュリオの腕からアオイを受け取ったダルド。ほとんど重みを感じない幼い姫の体は羽のように軽く……若干高めのその体温はどこまでも優しくあたたかいものだった。
「きゃぁっ」
キラキラとこちらを見つめる二つの瞳に、嬉しそうにほころぶ目元と唇。
そんなアオイを見ているとこちらまでつられて笑みを浮かべてしまうダルド。
「かわいい……」
自然と口を突いて出た言葉。
そしてダルドは胸元にある彼女の顔をより近くで見ようと、両腕でその小さな体を抱えなおす。
今度は彼の首元に顔を埋めるようなかたちになったアオイは気になっていた"あれ"が近づいたことに興奮し、思いっきり腕を伸ばして……とうとうそれに触れることが出来た。
「アオイ姫、な……なにをっ……」
彼女がそっと指先で触れたそれはダルドの狐耳だった。
普段、自分以外の誰にも触れられることのない敏感な耳。わずかに頬を赤らめたダルドは感じたことのないゾクリとした感覚に、ふるふると首を振って驚きに目を見張った。
「きゃはっ」
指に感じたふわふわな獣の感触とダルドの表情やしぐさをアオイはとても気に入ったらしい。冷めやらぬ興奮のまま声を上げて笑い、ダルド頬に頬を合わせて上機嫌な声をあげている。
しばらく戸惑うように視線を泳がせていたダルドだが、嬉しそうなアオイの声を聞いているうちに笑みが戻ってきた。きゅっと小さな体を抱きしめると、彼女はより安心したように体を密着させてくる。
(不思議……アオイ姫とこうしているととても落ち着く……)
「……」
目を閉じて彼女の匂いや感触を記憶にとどめようとダルドはしばらく呼吸するのも忘れてアオイを堪能している。
「キュリオ、またアオイ姫に会いに来てもいい?」
その様子を穏やかな目で見守っていたキュリオは小さく頷く。
「そのことなんだがダルド。君さえよければ、しばらくまた城に滞在してみないかい?」
と銀髪の王は思いがけない一言を提案したのだった。
「え……?」
「家に戻らなくてはいけないかい? もし仕事があるのなら無理にとは言わないが……」
「……鉱物を探しに行くなら城からも行ける、けど……」
あまりに唐突なキュリオの言葉にダルドは何か理由があるのだろうか? と決めあぐねている様子だ。
「この子も君が気に入っているようだし、明日から彼女を取り巻く環境が著しく変化する。そこで身近に知った顔がいてくれたらアオイも心強いだろうと思ってね」
「…………」
そっと視線を下げたダルドは顔を摺り寄せて楽しそうに声をあげているアオイをじっと見つめ口を開いた。
「……僕も、もう少し……アオイ姫と一緒にいたい」
「あぁ、なら決まりだな」
ダルドの返事ににこやかな笑みを浮かべるキュリオ。
こうして人型聖獣のダルドは今一度、思い入れのあるこの悠久の城へと帰ってくることになったのであった――。