【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「……も、もも申し訳ございませんっ!
はい! 私は仕立屋(ラプティス)のロイと申しますっっ!!」
勢いよく頭を下げたロイだが、ダルドは興味なくそっぽを向いたまま水の入ったグラスに口を付けている。
「あ、……」
ダルドから見たロイの第一印象は最悪のようだ。彼に聞いてみたいことはたくさんあったけれど、無言のダルドが纏う空気はそれを許さない。
「んぅ……」
キュリオの傍で、ふたりの様子をじっと見つめていたアオイが不満の声をもらす。
恐らくこの場に<心眼の王>マダラがいたら彼女の言葉を通訳出来たかもしれない。
"ふたりとも仲良くして"
しかし、言葉はわからずともアオイの心情をよく理解しているキュリオが彼女の言葉を代弁する。
「互いを知るためにも良い機会だ。それに私もアオイも君たちが仲良くしてくれることを心から望んでいる」
「そうですわっ お腹がすいていては、お気も短くなりましょう?」
その陽気な声と共に、力いっぱい扉を開け放った女官と侍女。
険悪な空気を吹き飛ばすほどに明るい色彩と美味しそうな食事の香りがあたりを包んだ。
「ロイ様もお席へどうぞ♪」
「は、はいっ! 失礼いたします!」
弾けるような笑顔の女官。
言葉こそ丁寧だが、砕けた感じに親しみを覚える。
(お城には色々な人が仕えてるんだな……)
人数が増えれば増えるほど、まとめる者の力量が問われる。砕けすぎては礼に欠けると言われ、堅すぎては周りが委縮してしまう。
つまりはキュリオの従える者たちは心地良いその中間にいるということだ。
(このバランスを保たれるキュリオ様はやはり流石だ……)
至る所でこの美しい王の技量が感じられ、そのひとつひとつに感心せざるを得ない。
通常ならば彼の姿を拝むことすら困難にも関わらず、いま自分はその偉大なる王と食事の席を囲もうとしているのだ。
そして導かれ腰を落ち着けた先では感じたことのない弾力性に富んだ座り心地に仕立屋(ラプティス)の血が騒ぐ。咄嗟にその素材へと考えを巡らせたロイの視線が下がると……
「気になるならその椅子をひとつ君にあげよう」
苦笑するキュリオの声にハッと顔をあげるロイ。
「あ……い、いいえ! 申し訳ございません! 良い物を見るとつい癖でっ……」
顔と両手を勢いよく横に振る彼にキュリオは"では話を進めていいかな?"と付け加えた。
一度目を閉じたキュリオの顔からは笑みが消え、彼の和やかだった空気が一変する。キュリオが纏う雰囲気が一変したのを察知した女官と侍女が退室し、扉が閉ざされると空色の瞳が開かれた。
「食事をしながら聞いてほしい。ここに至るまでの経緯(いきさつ)を――」
ゴクリと緊張の唾を飲み込んだロイと、無表情のままじっとキュリオの顔を見つめるダルド。そして幼いアオイは彼の腕の中であたたかなミルクに喉を鳴らしている。
「鍛冶屋(スィデラス)のダルド、仕立屋(ラプティス)のロイ。
君たちに来てもらった理由はもうわかっていると思うが、彼女についてもう少し話しておきたいことがある」
「うん」
「……はい」
そして重々しく開かれたキュリオの唇。
「アオイは既に二度も命の危機に直面している。
一度目は謎に包まれたままだが……二度目は人為的なものでね」
無意識にアオイを抱く腕に力が入る。その様子を視界に捉えたふたり。美しい眉間には皺が刻まれており、いつも穏やかなキュリオの心が乱れているは明らかだった。
「女神一族のウィスタリアから襲撃を受けた。
アオイを狙って犯行に及んだようだが、彼女を庇った女官が大怪我を負った」
「……え、……ウィスタリア様が……?」
まさに寝耳に水だった。
ロイは直接本人と顔を合わせたことはなかったが、オーダーメイドを受けたリストの中で彼女の名をよく見かけ、実際にロイが手掛けたドレスもいくつかある。彼女の両親亡き後は長女たるウィスタリアが表舞台に登場し、その正装のほとんどはロイ一族が経営する店で作られたものだった。
そして噂に聞くウィスタリアは才色兼備で、その地位とともに一族の"顔"だったに違いない。
(最後に手掛けたのは……マーメイドドレスだ……)
ある日を境にピタリと名前を見ることがなくなったため、人並みに心配していた程度だが……そのドレスこそ、あの襲撃事件を起こした日に彼女が身に纏っていたものだとは知る由もなかった。
「もし君が彼女と顔見知りなら、いままで通り付き合いを続けてくれて構わない。
ただ……」
「ウィスタリアがこの城を出入りすることは私が許可しない」
語尾を強く言い放ったキュリオ。付き合いを続けて構わないというわりになぜそんなことを言ったのかと首を傾げたロイだが、つまりは連れだって城を訪れた場合、彼女は門前払いになるということを言っているのだと気づく。
「ご心配には及びませんキュリオ様。
たしかにウィスタリア様は店の顧客ですが、最後の目撃情報は数か月前ですし、下手な動きがありましたらこちらからご報告させて頂きます」
姫君が襲撃されたとあらば只事では済まない。
それこそキュリオがウィスタリアの城への出入りを禁止しただけに止(とど)まったのには相当な我慢が必要だったに違いなかった。
「……アオイ姫を襲うようなやつ、女神のままでいいの?」
それまで黙っていたダルドがキュリオを睨み不満を漏らす。彼が人型聖獣となってから学んだ中に"女神"についての記述をいくつか目にしたことがある。
初代・悠久の王とともに、この国をヴァンパイアから守った気高き女たち。
しかし力無き今、その称号ばかりが頼みの綱で、名を掲げては横暴な行動に出ているという悪い噂ばかりを耳にする。
そんな人物に純真無垢なアオイが命を狙われたなど、慈悲をかける必要さえないはずなのだ。
「ウィスタリアの称号を剥奪すれば、他の罪なき"女神"を受け継ぐ者たちへも非難の火の粉が降りかかるだろう。……かと言って私も君と同じ気持ちだ」
「どういう意味?」
「次はないという事さ」
明確にどうするとは公言しなかったキュリオ。
怒りはもっともなだけに想像を掻き立てる言葉がまた恐ろしい。
「彼女が小さいうちは私もなるべく公務に出ることは控える。しかし不安はウィスタリア以外にもあるんだ」
「……それが一度目のお命の危機と何か関わりがおありなのですか?」
「あぁ、そのために片時も目を離さぬようカイとアレスをアオイの教育係兼、世話係として付ける」
そう言ったきり彼はその件について口を閉ざしてしまった。詳しく話そうとしないのは何か理由があるからだろうか?
かと言って、ウィスタリアの話とはまた別の危険がはらんでいるのは間違いないようで、腕の中の赤子を見つめるその瞳には並みならぬ決意が感じられる。
「僕はアオイ姫が好きだ。力になりたい」
「ダルド……」
「わ、私もですっっ!!」
力になりたい一心で、前のめりになるロイ。
「ロイ……」
やや驚きに目を丸くしたキュリオだが、ふたりのあたたかい申し出に表情が和らいだ。
「ありがとう。君たちが見ている中で、アオイに異変が起きたら私に知らせてくれればいい」
「……わかった」
「かしこまりましたっ!!」
「きゃはっ」
声に明るさが戻った三人を目にしたアオイは嬉しそうに笑っている。
上機嫌な赤子の声に彼らの視線が集まり、皆の顔にも柔和な笑みが浮かぶ。
「手を止めてすまなかった。食事を再開しよう」
「うん」
「はいっ!」
すっかりダルドとロイの溝も埋まり、楽しいひと時を過ごした四人だった。
そして夕食も終わり、それぞれが用意された部屋へと足を進めるなか――……
銀髪の王は穏やかな寝息を立てる赤子を抱き、とある部屋へと入っていく。室内の灯りはやや落とされ、まるで密談をするかのごとく分厚いカーテンが下ろされている。
すぐさまキュリオの後を追ってきた侍女がお茶の用意を始めるが、そのカップの数から人が来るのが予想できる。すると程なくして……
――コンコン
「入ってくれ」
扉の向こうに誰が立っているのかを把握しているキュリオは即答する。
『失礼いたしますぞ』
「座っておくれガーラント」
促され、キュリオの向かい側へと腰をおろした大魔導師。
もうひとり来るはずの人物の姿が見えないが、神妙な面持ちのキュリオは早速口を開く。
「……ダルドの魔導書がアオイに反応を見せた」
はい! 私は仕立屋(ラプティス)のロイと申しますっっ!!」
勢いよく頭を下げたロイだが、ダルドは興味なくそっぽを向いたまま水の入ったグラスに口を付けている。
「あ、……」
ダルドから見たロイの第一印象は最悪のようだ。彼に聞いてみたいことはたくさんあったけれど、無言のダルドが纏う空気はそれを許さない。
「んぅ……」
キュリオの傍で、ふたりの様子をじっと見つめていたアオイが不満の声をもらす。
恐らくこの場に<心眼の王>マダラがいたら彼女の言葉を通訳出来たかもしれない。
"ふたりとも仲良くして"
しかし、言葉はわからずともアオイの心情をよく理解しているキュリオが彼女の言葉を代弁する。
「互いを知るためにも良い機会だ。それに私もアオイも君たちが仲良くしてくれることを心から望んでいる」
「そうですわっ お腹がすいていては、お気も短くなりましょう?」
その陽気な声と共に、力いっぱい扉を開け放った女官と侍女。
険悪な空気を吹き飛ばすほどに明るい色彩と美味しそうな食事の香りがあたりを包んだ。
「ロイ様もお席へどうぞ♪」
「は、はいっ! 失礼いたします!」
弾けるような笑顔の女官。
言葉こそ丁寧だが、砕けた感じに親しみを覚える。
(お城には色々な人が仕えてるんだな……)
人数が増えれば増えるほど、まとめる者の力量が問われる。砕けすぎては礼に欠けると言われ、堅すぎては周りが委縮してしまう。
つまりはキュリオの従える者たちは心地良いその中間にいるということだ。
(このバランスを保たれるキュリオ様はやはり流石だ……)
至る所でこの美しい王の技量が感じられ、そのひとつひとつに感心せざるを得ない。
通常ならば彼の姿を拝むことすら困難にも関わらず、いま自分はその偉大なる王と食事の席を囲もうとしているのだ。
そして導かれ腰を落ち着けた先では感じたことのない弾力性に富んだ座り心地に仕立屋(ラプティス)の血が騒ぐ。咄嗟にその素材へと考えを巡らせたロイの視線が下がると……
「気になるならその椅子をひとつ君にあげよう」
苦笑するキュリオの声にハッと顔をあげるロイ。
「あ……い、いいえ! 申し訳ございません! 良い物を見るとつい癖でっ……」
顔と両手を勢いよく横に振る彼にキュリオは"では話を進めていいかな?"と付け加えた。
一度目を閉じたキュリオの顔からは笑みが消え、彼の和やかだった空気が一変する。キュリオが纏う雰囲気が一変したのを察知した女官と侍女が退室し、扉が閉ざされると空色の瞳が開かれた。
「食事をしながら聞いてほしい。ここに至るまでの経緯(いきさつ)を――」
ゴクリと緊張の唾を飲み込んだロイと、無表情のままじっとキュリオの顔を見つめるダルド。そして幼いアオイは彼の腕の中であたたかなミルクに喉を鳴らしている。
「鍛冶屋(スィデラス)のダルド、仕立屋(ラプティス)のロイ。
君たちに来てもらった理由はもうわかっていると思うが、彼女についてもう少し話しておきたいことがある」
「うん」
「……はい」
そして重々しく開かれたキュリオの唇。
「アオイは既に二度も命の危機に直面している。
一度目は謎に包まれたままだが……二度目は人為的なものでね」
無意識にアオイを抱く腕に力が入る。その様子を視界に捉えたふたり。美しい眉間には皺が刻まれており、いつも穏やかなキュリオの心が乱れているは明らかだった。
「女神一族のウィスタリアから襲撃を受けた。
アオイを狙って犯行に及んだようだが、彼女を庇った女官が大怪我を負った」
「……え、……ウィスタリア様が……?」
まさに寝耳に水だった。
ロイは直接本人と顔を合わせたことはなかったが、オーダーメイドを受けたリストの中で彼女の名をよく見かけ、実際にロイが手掛けたドレスもいくつかある。彼女の両親亡き後は長女たるウィスタリアが表舞台に登場し、その正装のほとんどはロイ一族が経営する店で作られたものだった。
そして噂に聞くウィスタリアは才色兼備で、その地位とともに一族の"顔"だったに違いない。
(最後に手掛けたのは……マーメイドドレスだ……)
ある日を境にピタリと名前を見ることがなくなったため、人並みに心配していた程度だが……そのドレスこそ、あの襲撃事件を起こした日に彼女が身に纏っていたものだとは知る由もなかった。
「もし君が彼女と顔見知りなら、いままで通り付き合いを続けてくれて構わない。
ただ……」
「ウィスタリアがこの城を出入りすることは私が許可しない」
語尾を強く言い放ったキュリオ。付き合いを続けて構わないというわりになぜそんなことを言ったのかと首を傾げたロイだが、つまりは連れだって城を訪れた場合、彼女は門前払いになるということを言っているのだと気づく。
「ご心配には及びませんキュリオ様。
たしかにウィスタリア様は店の顧客ですが、最後の目撃情報は数か月前ですし、下手な動きがありましたらこちらからご報告させて頂きます」
姫君が襲撃されたとあらば只事では済まない。
それこそキュリオがウィスタリアの城への出入りを禁止しただけに止(とど)まったのには相当な我慢が必要だったに違いなかった。
「……アオイ姫を襲うようなやつ、女神のままでいいの?」
それまで黙っていたダルドがキュリオを睨み不満を漏らす。彼が人型聖獣となってから学んだ中に"女神"についての記述をいくつか目にしたことがある。
初代・悠久の王とともに、この国をヴァンパイアから守った気高き女たち。
しかし力無き今、その称号ばかりが頼みの綱で、名を掲げては横暴な行動に出ているという悪い噂ばかりを耳にする。
そんな人物に純真無垢なアオイが命を狙われたなど、慈悲をかける必要さえないはずなのだ。
「ウィスタリアの称号を剥奪すれば、他の罪なき"女神"を受け継ぐ者たちへも非難の火の粉が降りかかるだろう。……かと言って私も君と同じ気持ちだ」
「どういう意味?」
「次はないという事さ」
明確にどうするとは公言しなかったキュリオ。
怒りはもっともなだけに想像を掻き立てる言葉がまた恐ろしい。
「彼女が小さいうちは私もなるべく公務に出ることは控える。しかし不安はウィスタリア以外にもあるんだ」
「……それが一度目のお命の危機と何か関わりがおありなのですか?」
「あぁ、そのために片時も目を離さぬようカイとアレスをアオイの教育係兼、世話係として付ける」
そう言ったきり彼はその件について口を閉ざしてしまった。詳しく話そうとしないのは何か理由があるからだろうか?
かと言って、ウィスタリアの話とはまた別の危険がはらんでいるのは間違いないようで、腕の中の赤子を見つめるその瞳には並みならぬ決意が感じられる。
「僕はアオイ姫が好きだ。力になりたい」
「ダルド……」
「わ、私もですっっ!!」
力になりたい一心で、前のめりになるロイ。
「ロイ……」
やや驚きに目を丸くしたキュリオだが、ふたりのあたたかい申し出に表情が和らいだ。
「ありがとう。君たちが見ている中で、アオイに異変が起きたら私に知らせてくれればいい」
「……わかった」
「かしこまりましたっ!!」
「きゃはっ」
声に明るさが戻った三人を目にしたアオイは嬉しそうに笑っている。
上機嫌な赤子の声に彼らの視線が集まり、皆の顔にも柔和な笑みが浮かぶ。
「手を止めてすまなかった。食事を再開しよう」
「うん」
「はいっ!」
すっかりダルドとロイの溝も埋まり、楽しいひと時を過ごした四人だった。
そして夕食も終わり、それぞれが用意された部屋へと足を進めるなか――……
銀髪の王は穏やかな寝息を立てる赤子を抱き、とある部屋へと入っていく。室内の灯りはやや落とされ、まるで密談をするかのごとく分厚いカーテンが下ろされている。
すぐさまキュリオの後を追ってきた侍女がお茶の用意を始めるが、そのカップの数から人が来るのが予想できる。すると程なくして……
――コンコン
「入ってくれ」
扉の向こうに誰が立っているのかを把握しているキュリオは即答する。
『失礼いたしますぞ』
「座っておくれガーラント」
促され、キュリオの向かい側へと腰をおろした大魔導師。
もうひとり来るはずの人物の姿が見えないが、神妙な面持ちのキュリオは早速口を開く。
「……ダルドの魔導書がアオイに反応を見せた」