【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
悠久の夜
赤子は理解したようにキュリオの要求に応えていく。
やがて、ボトルの三分の一にも満たない程度で彼女の食事は終わってしまったが、キュリオは感じたことのない充実感を覚えていた。
静かにミルクのボトルを置いて赤ん坊を両手で抱え直すと、優しく背中を擦りながら室内を歩き始める。
「明日、一緒に庭を散歩しよう。
見せてやりたい花がたくさんあるんだ」
半ば独り言のように呟くと、赤子から規則正しい寝息が聞こえてくる。
キュリオの首元に顔を寄せ安心したように眠るその顔はどこか幸せそうで、見つめている銀髪の王の瞳にも至福の色が浮かんでいた。
彼女が眠ったあともしばらく抱き続けていたキュリオだが、ジルへ酒の差し入れをする約束をしていたことを思い出し、名残惜しみながらももう一度ベッドへと小さな体を横たえた。
「すぐ戻るよ」
血色良くピンク色に染まった頬をひと撫でし、キュリオは足早に部屋を出て地下室へと足を向けた。
―――地下へと続く階段を下りていくと、ひんやりとした空気が肌に触れ、食物や飲料を貯蔵するには適した場所であることがよくわかる。
彼の好む茶葉などは離れの蔵に保管されているが、すべて庭の花々から生成した香りの高い良質なものだ。この悠久の国は常春(とこはる)のようにあたたかで、気温も気候も安定している。よって、森や草木はいつでも新緑のような彩を保ち、花もつねに満開だ。
(……精霊の国と悠久は似ているらしいな……)
万物に宿るといわれている実態のない精霊だが、極稀にその姿を見かけるときがある。
精霊の国と悠久が似ていると聞いたのもその彼からで……その彼というのは、すべての精霊の頂点に君臨する絶対的な存在、そしてキュリオと最も付き合いの長い齢千年を超えた最高位の王だった。
キュリオは数多ある酒の中から、ジル好みの辛口のラベルを探し出すと頷いて手を伸ばす。
「これならジルも喜ぶだろう」
かなり年代物で希少な酒だが、キュリオは惜しいとも思わず深いアメジスト色のボトルをその腕の中におさめた。そしてその重みを確かめながら使用人たちの住む宿舎へと向かう。
中庭を通り、滞りなく流れ続ける噴水のわきを歩きながら見慣れた景色を見渡してみる。すると、水しぶきと月の光を受けた花々がキラキラと輝き、昼間とは違う幻想的な夜の顔を魅せていた。
「この風景はいつの時代も変わらないな……」
こう呟けるのも彼が長い時間を生きているからであるが、時間の波に取り残されているような錯覚に陥ることさえある。
銀髪の王は一度空を仰ぐと小さなため息をつき、ジルの待つ部屋へと急いだ。
使用人の中でも料理長という立場の彼の部屋は宿舎の上位階層にある。
なるべく人目につかぬよう注意を払いながら建物内へと足を踏み入れると……
ガハハと笑うあの楽し気な声が廊下にまで響いてきた。
やがて、ボトルの三分の一にも満たない程度で彼女の食事は終わってしまったが、キュリオは感じたことのない充実感を覚えていた。
静かにミルクのボトルを置いて赤ん坊を両手で抱え直すと、優しく背中を擦りながら室内を歩き始める。
「明日、一緒に庭を散歩しよう。
見せてやりたい花がたくさんあるんだ」
半ば独り言のように呟くと、赤子から規則正しい寝息が聞こえてくる。
キュリオの首元に顔を寄せ安心したように眠るその顔はどこか幸せそうで、見つめている銀髪の王の瞳にも至福の色が浮かんでいた。
彼女が眠ったあともしばらく抱き続けていたキュリオだが、ジルへ酒の差し入れをする約束をしていたことを思い出し、名残惜しみながらももう一度ベッドへと小さな体を横たえた。
「すぐ戻るよ」
血色良くピンク色に染まった頬をひと撫でし、キュリオは足早に部屋を出て地下室へと足を向けた。
―――地下へと続く階段を下りていくと、ひんやりとした空気が肌に触れ、食物や飲料を貯蔵するには適した場所であることがよくわかる。
彼の好む茶葉などは離れの蔵に保管されているが、すべて庭の花々から生成した香りの高い良質なものだ。この悠久の国は常春(とこはる)のようにあたたかで、気温も気候も安定している。よって、森や草木はいつでも新緑のような彩を保ち、花もつねに満開だ。
(……精霊の国と悠久は似ているらしいな……)
万物に宿るといわれている実態のない精霊だが、極稀にその姿を見かけるときがある。
精霊の国と悠久が似ていると聞いたのもその彼からで……その彼というのは、すべての精霊の頂点に君臨する絶対的な存在、そしてキュリオと最も付き合いの長い齢千年を超えた最高位の王だった。
キュリオは数多ある酒の中から、ジル好みの辛口のラベルを探し出すと頷いて手を伸ばす。
「これならジルも喜ぶだろう」
かなり年代物で希少な酒だが、キュリオは惜しいとも思わず深いアメジスト色のボトルをその腕の中におさめた。そしてその重みを確かめながら使用人たちの住む宿舎へと向かう。
中庭を通り、滞りなく流れ続ける噴水のわきを歩きながら見慣れた景色を見渡してみる。すると、水しぶきと月の光を受けた花々がキラキラと輝き、昼間とは違う幻想的な夜の顔を魅せていた。
「この風景はいつの時代も変わらないな……」
こう呟けるのも彼が長い時間を生きているからであるが、時間の波に取り残されているような錯覚に陥ることさえある。
銀髪の王は一度空を仰ぐと小さなため息をつき、ジルの待つ部屋へと急いだ。
使用人の中でも料理長という立場の彼の部屋は宿舎の上位階層にある。
なるべく人目につかぬよう注意を払いながら建物内へと足を踏み入れると……
ガハハと笑うあの楽し気な声が廊下にまで響いてきた。