【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
にわかには信じがたい話に言葉を失っているブラスト。肉親が存在しないのなら、空から降ってきたとでもいうのだろうか?
「むぅ……他国が嘘をついているとも考えにくいんじゃよブラスト。
姫様のお姿から見るに、どう考えても悠久が一番近い。珍しい色彩をお持ちのようじゃがありえんこともなかろうて」
「……姫様、でございますか?」
ガーラントが違和感なく口ずさんだ"姫"という言葉にブラストが首を傾げる。
「あぁ、その赤子は私の娘として育てる。明日の朝、皆の前で正式に公言するつもりだよ」
『カイとアレスには私の傍で長期的な任務に就いてもらうことにしたんだ』
数時間前に言われた言葉を思い出し、ようやく合点のいくブラスト。
キュリオは身寄りのない赤子を自分の娘として育て、カイとアレスは幼い姫の護衛ということになるのだろう、と。
(……素性の知れない姫君を……カイとアレスが……)
複雑な想いがブラストの胸を騒がせる。
赤子に打ち負かされるようなふたりではないが、カイは些かそそっかしい部分があり、降りかかる危険なシグナルを見落としてしまうかもしれない。
「…………」
「ブラスト、キュリオ様は可愛い弟子を手放せと言われているわけではないんじゃよ。大人ばかりの城の中では姫様もさぞ退屈じゃろうて。時に学び、時に遊び……同じ目線で語れる者をとお考えなのじゃ」
「はい、……承知しております」
ブラストの顔色がすぐれないのを"未熟な弟子に務まるのだろうか?"と、頭を悩ませているのだろうと捉えたガーラントはキュリオの想いを代弁するが、キュリオは違った。
彼が抱く不安は幼い姫を疑う気持ちからだと瞬時に察知していたからだ。
「前にも言ったが、あのふたり以外の適任者はいないと思っている。
そして私がもし聞くとしたら……あとはカイの意志だけだ」
冷酷なまでのキュリオの口調。王の鋭い瞳はブラストを排除することも厭わないと真に告げていた。
――キュリオの言葉で半ば強制的に打ち切られた話し合い。
退出したブラストは弟子を思いやる気持ちと王に対する忠誠のなかで葛藤を続けていた。
(最終決定は明日の早朝……あのカイが断るはずがない)
与えられた大きな使命に俄然やる気をみなぎらせているからだ。
「ブラスト!」
階段を下ろうとした彼の名を年老いた大魔導師が叫んだ。
「……ガーラント殿……」
「ここでは人の目がある。場所を変えて少し話をしよう」
ガーラントが先導し、移動した先はあの壮大な書庫の奥部屋だった。
「これでも飲んで落ち着くのじゃ」
「……申し訳ない……」
ガーラントお手製の渋めのお茶で喉を潤す。
自覚はなかったが、先程の緊迫した空気がすっかり喉をカラカラにさせていたようだ。幾分、肩の力が抜けたブラストの頃合いを見計らって話がはじまる。
「……お主、キュリオ様の命に背くつもりか?」
重々しい口調で口火を切ったガーラント。彼は王の右腕で、キュリオの出した命令には絶対服従の忠実な家臣だ。
しかし、きちんと下々の意見も聞き、その不安を取り除いてやる役割も担う。
「いえ……」
「じゃあなにを迷っておる?」
「……カイはまだ子供です。与えられた任務に浮かれて判断を誤ってしまうのではないかと……」
「キュリオ様は完璧を求めているわけではないのじゃよ。姫様とともに成長し、よき友となれるよう望んでおられる」
「……はい……」
「使者として経験を積んだことはカイの自信となり、剣士としての自覚が芽生えたかもしれん」
「……その通りです。使者としての任務を終えてからのカイは時が経つのも忘れ鍛錬を続けています。かつてないほどに……」
「うむ。信じるべきはキュリオ様とカイじゃ。それにアレスもおる。
キュリオ様はふたりを信頼し、期待されておる。いずれこの悠久を守る双璧になるやもしれん」
壮大にカイとアレスを持ち上げたガーラントだが、誰もがその可能性を秘めている。
任務をこなすばかりが己を上げることにつながるわけではないが、そこには必ず"責任"があり、その人物をひとまわりもふたまわりも成長させてくれるだろう。
「……いや、しかし……」
尚も踏ん切りのつかないブラストにガーラントは追い打ちをかけた。
「師は弟子の成長を見守り助けるものじゃよ。芽を摘んではいかん」
「…………」
(……確かにその通りだ。カイの千載一遇のチャンスを俺が潰してどうする……)
姫君を疑った心を恥じたブラスト。もしかしたら彼女を疑うことで、カイを手元に置いておける方法を模索していただけかもしれない。さらに言うなれば、姫君を疑うということはキュリオを疑うのと同じことになる。
(俺はまだまだキュリオ様への忠誠が足りないっ……なんという無礼を……っ)
(……クソッ!!)
ブラストは腰の剣へと手を添えると、愚かな自分を改めて鍛え直すことを固く誓う。
そして――
「ガーラント殿! お手間取らせて申し訳ない!! おふたりのおっしゃる通りです! このブラスト! カイの師としてその任務、お与えくださったキュリオ様に心より感謝いたします!!」
両ひざに手をつき、ガバッと頭を下げたブラスト。
熱血な彼らしく潔い幕引きだった。
「ふぉっふぉっふぉっ!!
儂も使者としてのアレスを送る際、あやつの身をひどく案じたものじゃ!」
高らかに笑う大魔導師は安堵の色を見せつつも、初めからブラストを信じていた。
彼ならば可愛い弟子のひた向きさを誰よりも買っているはずだからだ。
「いやいやガーラント殿! アレスの心配はいらないでしょう!」
「なにを言っておる! "送り出す勇気"は誰にでも必要なものじゃて!」
「……そうですね。それだけ互いに弟子が可愛いということでしょうなっ!!」
「その通りじゃよっ! ふぉっふぉっふぉっ!!」
「では! 早速カイと話してまいります!」
「うむ! 頼んだぞ!」
「ハッ! 失礼いたします!」
(頑張れよカイ……お前にはお前を支えてくれる人がいることを決して忘れるな……)
完全に吹っ切れたブラストは新たな幕開けに目を細めながらカイのもとへと向かった――。
「むぅ……他国が嘘をついているとも考えにくいんじゃよブラスト。
姫様のお姿から見るに、どう考えても悠久が一番近い。珍しい色彩をお持ちのようじゃがありえんこともなかろうて」
「……姫様、でございますか?」
ガーラントが違和感なく口ずさんだ"姫"という言葉にブラストが首を傾げる。
「あぁ、その赤子は私の娘として育てる。明日の朝、皆の前で正式に公言するつもりだよ」
『カイとアレスには私の傍で長期的な任務に就いてもらうことにしたんだ』
数時間前に言われた言葉を思い出し、ようやく合点のいくブラスト。
キュリオは身寄りのない赤子を自分の娘として育て、カイとアレスは幼い姫の護衛ということになるのだろう、と。
(……素性の知れない姫君を……カイとアレスが……)
複雑な想いがブラストの胸を騒がせる。
赤子に打ち負かされるようなふたりではないが、カイは些かそそっかしい部分があり、降りかかる危険なシグナルを見落としてしまうかもしれない。
「…………」
「ブラスト、キュリオ様は可愛い弟子を手放せと言われているわけではないんじゃよ。大人ばかりの城の中では姫様もさぞ退屈じゃろうて。時に学び、時に遊び……同じ目線で語れる者をとお考えなのじゃ」
「はい、……承知しております」
ブラストの顔色がすぐれないのを"未熟な弟子に務まるのだろうか?"と、頭を悩ませているのだろうと捉えたガーラントはキュリオの想いを代弁するが、キュリオは違った。
彼が抱く不安は幼い姫を疑う気持ちからだと瞬時に察知していたからだ。
「前にも言ったが、あのふたり以外の適任者はいないと思っている。
そして私がもし聞くとしたら……あとはカイの意志だけだ」
冷酷なまでのキュリオの口調。王の鋭い瞳はブラストを排除することも厭わないと真に告げていた。
――キュリオの言葉で半ば強制的に打ち切られた話し合い。
退出したブラストは弟子を思いやる気持ちと王に対する忠誠のなかで葛藤を続けていた。
(最終決定は明日の早朝……あのカイが断るはずがない)
与えられた大きな使命に俄然やる気をみなぎらせているからだ。
「ブラスト!」
階段を下ろうとした彼の名を年老いた大魔導師が叫んだ。
「……ガーラント殿……」
「ここでは人の目がある。場所を変えて少し話をしよう」
ガーラントが先導し、移動した先はあの壮大な書庫の奥部屋だった。
「これでも飲んで落ち着くのじゃ」
「……申し訳ない……」
ガーラントお手製の渋めのお茶で喉を潤す。
自覚はなかったが、先程の緊迫した空気がすっかり喉をカラカラにさせていたようだ。幾分、肩の力が抜けたブラストの頃合いを見計らって話がはじまる。
「……お主、キュリオ様の命に背くつもりか?」
重々しい口調で口火を切ったガーラント。彼は王の右腕で、キュリオの出した命令には絶対服従の忠実な家臣だ。
しかし、きちんと下々の意見も聞き、その不安を取り除いてやる役割も担う。
「いえ……」
「じゃあなにを迷っておる?」
「……カイはまだ子供です。与えられた任務に浮かれて判断を誤ってしまうのではないかと……」
「キュリオ様は完璧を求めているわけではないのじゃよ。姫様とともに成長し、よき友となれるよう望んでおられる」
「……はい……」
「使者として経験を積んだことはカイの自信となり、剣士としての自覚が芽生えたかもしれん」
「……その通りです。使者としての任務を終えてからのカイは時が経つのも忘れ鍛錬を続けています。かつてないほどに……」
「うむ。信じるべきはキュリオ様とカイじゃ。それにアレスもおる。
キュリオ様はふたりを信頼し、期待されておる。いずれこの悠久を守る双璧になるやもしれん」
壮大にカイとアレスを持ち上げたガーラントだが、誰もがその可能性を秘めている。
任務をこなすばかりが己を上げることにつながるわけではないが、そこには必ず"責任"があり、その人物をひとまわりもふたまわりも成長させてくれるだろう。
「……いや、しかし……」
尚も踏ん切りのつかないブラストにガーラントは追い打ちをかけた。
「師は弟子の成長を見守り助けるものじゃよ。芽を摘んではいかん」
「…………」
(……確かにその通りだ。カイの千載一遇のチャンスを俺が潰してどうする……)
姫君を疑った心を恥じたブラスト。もしかしたら彼女を疑うことで、カイを手元に置いておける方法を模索していただけかもしれない。さらに言うなれば、姫君を疑うということはキュリオを疑うのと同じことになる。
(俺はまだまだキュリオ様への忠誠が足りないっ……なんという無礼を……っ)
(……クソッ!!)
ブラストは腰の剣へと手を添えると、愚かな自分を改めて鍛え直すことを固く誓う。
そして――
「ガーラント殿! お手間取らせて申し訳ない!! おふたりのおっしゃる通りです! このブラスト! カイの師としてその任務、お与えくださったキュリオ様に心より感謝いたします!!」
両ひざに手をつき、ガバッと頭を下げたブラスト。
熱血な彼らしく潔い幕引きだった。
「ふぉっふぉっふぉっ!!
儂も使者としてのアレスを送る際、あやつの身をひどく案じたものじゃ!」
高らかに笑う大魔導師は安堵の色を見せつつも、初めからブラストを信じていた。
彼ならば可愛い弟子のひた向きさを誰よりも買っているはずだからだ。
「いやいやガーラント殿! アレスの心配はいらないでしょう!」
「なにを言っておる! "送り出す勇気"は誰にでも必要なものじゃて!」
「……そうですね。それだけ互いに弟子が可愛いということでしょうなっ!!」
「その通りじゃよっ! ふぉっふぉっふぉっ!!」
「では! 早速カイと話してまいります!」
「うむ! 頼んだぞ!」
「ハッ! 失礼いたします!」
(頑張れよカイ……お前にはお前を支えてくれる人がいることを決して忘れるな……)
完全に吹っ切れたブラストは新たな幕開けに目を細めながらカイのもとへと向かった――。