【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

料理長への差し入れ

 キュリオは覚えのある扉の前で止まり、控えめにノックする。

――コンコン……

『……はっ!! もしやっっ!!!』

「私も仲間に入れてくれるかい?」

『もちろんでございますともっ! 少々お待ちくださいっ! ただいま!!』

 室内から彼の声が聞こえ、ガタッ、バタバタと足音が近づいてくる。

『老いぼれの部屋にお越し頂けるなどっっ!! この<料理長>ジル! 子々孫々までこの栄誉を語りたくっ……!!』

興奮気味の口調で捲し立てる<料理長>の言葉を苦笑しながら聞いていると、扉が跳ねるように開いた。
 すると、先ほどまで賑やかだった室内が一変……これでもかと瞳を輝かせるジルと、"予想外の訪問者"に石化する見習い料理人らの姿があった。

「大げさだなジル。私たちの仲であれば珍しくもないだろう? ……君たちもどうだい?」

 キュリオは持参した酒を胸元に引き上げると、王の立場を抜きに盃を交わそうと申し出る。

「わわっ!! キュリオ様っ!?!?」

 空色の瞳に見つめられ、ようやく石化の呪縛から解けた見習いの料理人たちは、混乱したようにせわしなく室内を歩き回っている。

「これ! みっともない!! 大人しくせんかっっ!!」

 ジルの喝が飛ぶと、若い男たちは悲鳴にも似た声をあげた。

「は、はいっ! 本日はこれにて失礼いたします!!」

「私のことは気にせずとも……」

 キュリオが気を利かせて声をかけるが、彼らは頭が膝についてしまいそうなほど深く頭を下げるとそそくさと部屋を出て行ってしまった。

「なんのなんのっ! 勿体無いお言葉!!
キュリオ様のお姿を二度もその目にできただけで、あいつらには十分過ぎる程ですからっ!!」

普段厳しい顔をしている彼だが、実はとても面倒見がよい。
 こうして仕事のあとに皆を部屋に招き入れては労ねぎらい、もてなしているという噂はよく耳にしている。だからこそキュリオはそんなジルをさらに労うのだ。

 ――そして気心の知れた彼と他愛もない話に花を咲かせること小一時間。
 差し入れた酒を大層気に入ったジルは飾ることなく微笑み、聞き役に徹してくれる銀髪の王を前に、天にも昇るような気分でソファの上に身を横たえ鼾いびきをかいている。キュリオが部屋を訪れる前からアルコールが入っていたらしく、すっかり出来上がってしまっていたようだ。

「遅くに邪魔したね。おやすみジル」

 苦笑しながら逞しく年季の入った体にシーツを掛けてやると、キュリオは部屋の明かりを消し静かに部屋をあとにした――。
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