【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

前兆

 それからしばらくして、充分に景色を楽しんだふたりは彼の寝室へと戻ってきた。
 ほどよい眠気が心地よく、腕の中で寝息をたてはじめた幼い天使の寝顔が更なる安らぎをあたえてくれる。

「眠りが浅い子なのかと思ったが……心配なさそうだな」

 悠久の万物へ平等に注がれる彼の愛情は紛れもなく今、この幼子へ寄り添うように向けられている。

 キュリオは赤ん坊と向かい合うようにベッドへ横になり、そっと小さな体を抱きしめた。すると……彼女がすがるように顔を寄せ、広い胸元で丸くなる。そのひとつひとつの仕草がキュリオの心の琴線に触れ、この子が他人の子であることを忘れてしまいそうになった。

「……このままお前の親が見つからなければいいのに……」

 王としてよからぬことを考えてしまう自分を情けなく思いながらも、彼にはこの感情を止める術がわからなかった――。


――夜も更け、虫たちの奏でる音色だけが聞こえる時分――……


 うっすらと目を開いたのは、やはり幼子のほうだ。
 彼女のぼやけた視界にうつるのは、ずっと優しく抱きしめて笑いかけてくれていた綺麗な男のひとだった。とじた瞳を縁取る長い睫毛(まつげ)が影を落とし、整った顔立ちとうつくしい銀髪が並みならぬ品の良さを漂わせている。

「…………」

 ジッと彼の顔を見つめてみるが、起きる気配はなさそうだ。

(…………)

 そして気がつけば、やんわりとまわされた彼の手を背中に感じ、大きな安心感が彼女の心を満たしていく。

(あたたかい……)

 赤子の頬に流れる一筋のなみだ。
 だが、幼い彼女はこの涙の意味がわからない。


 しかし……


 思い出せない何かが激しく心を揺らし、悲しみに押しつぶされてしまいそうな小さな体を包んでくれる、この優しい腕がいまはただただ嬉しかった――。

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