【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
大臣が優しいキュリオを心配している理由もそこだった。
油断している彼の首元に噛みつき、命を落としてしまう可能性に怯え、気が気ではないのだ。

「それなら私が実証済みということになるな。昨晩この子に変化はなかった」

ペンを置き、椅子に背を預けたキュリオ。彼は長い足を組み、片肘を付きながら大臣の質問に答える様子を構える。

「し、しかしっ……! 騙されているという可能性はございませんか!?
奴らはその姿を自由に変えることができると聞きます! もし赤子に化けて我々を油断させているだけだとしたら……っ!」

「何をそんなに怯えている?」

「い、いえ……儂は……ただ……っ……」

怯える大臣の姿にため息をついた王は引き出しから何かを取り出し、静かに立ち上がる。
そしてふたりの会話に戸惑う女官らの間を抜け、大人しくソファに腰をおろしている赤子の前で片膝をついた。

「……こんなことはしたくはないが……」

何が起きているかわからない赤子はキュリオの顔をみて穏やかに微笑んでいる。
無垢なその笑顔に胸を痛めながら、袖に隠したペーパーナイフを取り出す。

「……っ!?」

その様子を目にした数人の侍女が血相を変え、慌てて駆け寄り赤子を守るように立ちふさがる。

「キュリオ様っ! いくらなんでもこんな小さな子に……っっ!!」

「……どきなさい」

キュリオは声を低くし、表情を変えぬままナイフを握りしめ距離を詰める。

「いやですっ!」

決して動こうとしない侍女らのもとへ眉間に皺を寄せた女官がそっと彼女らの肩を抱き後ろに下がらせる。

「……なりません。キュリオ様の仰る通りになさい」

「……っ……!」

悲痛な面持ちの女官を見るに、自分たちと同じ気持ちなのだろうと理解した侍女。
しかし、これから起きる惨劇に耐えられないといった様子の彼女らはバタバタと部屋をでていく。

――ゴクリ……

緊張に顔をこわばらせた大臣が生唾を飲み込む音が響き――

「……すまないね」

目を伏せたキュリオが手を動かすと、鋭利なナイフが柔らかい肌を滑り……やがて一筋の鮮血が滴り落ちた――――。
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