【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

王の力に対抗できるのは…

「順位が低かろうが、その力に対抗できる人間はいない。王の力に対抗できるのは王だけだ。力試しなんて絶対に考えるなよ」

「教官……あなたは一体……」

徐々に低くなっていくブラストの声に何か危機感のようなものを感じる。"彼は何を知っているのだろう? "と、アレスは考えずにはいられなかった。

 やがて漆黒の門の目の前へたどり着いた彼らは息を飲んだ。その風貌はまるで黒塗りの棺のように冷たく、重々しい空気をはらんでいたからだ。
さらに門の色と相まって、わずかな隙間から差し込んできた光は月光のように見える。まさかと思いながら先頭のアレスは大幅に予定を狂わせてしまったと内心焦る。

「……申し訳ありません。急ぎます」

(この空間では時の流れが違うのだろうか……? ……どちらにせよ仰せつかった大事な任務で躓くわけにはいかないっ!)

拳をきつく握りしめ、吸血鬼の国の門をたたく。
すると、内側から気配が近づき――


――ギィィッ


重厚感のある巨大な扉が音を立てて開く。

カツン、カツン……コツン

ヒールの音を響かせるようにして現れたのは黒い外套に身を包んだ妖艶な女と、短髪をオールバックでまとめた真面目そうな男だった。彼らの鋭い瞳は狼の目のように蒼白く不気味に光り、耳はやはり人間とは違い鋭利にとがっているように見えた。そしてやけに赤い唇がゆっくり開かれると……

「獲物が自らやってくるとは……」

「ふぅん……その姿は悠久の人間ね」

二人はアレスの全身を舐めまわすように見渡し、チラリと赤い舌を覗かせる。なんとも色気のある仕草だが、その気配は殺気にも似たゾクリとする不気味なものだった。

「……っわ、私は悠久の<使者>として参ったアレスと申します。我が王より書簡を預かって……」

言葉が終わらぬうちに女のヴァンパイアの手がスッと伸びてアレスの腕をつかんだ。

「ぼうや、そんなことより私たちと遊ばない?!」

グイッと引っ張る女の力はとても強く、力負けしたアレスは門のなかへと足を踏み入れてしまう。

「何を……っ!!」

小さな体はバランスを失い、前のめりに大きく傾いていく――

「アレスッ!!」

とっさに後方にいたカイが彼の手を掴んだその時、加護の灯が焼け付くような激しい光を放った。
まばゆい銀色の光に視界を奪われたアレスがきつく目をつぶると――

「ギャァァアッッ!!!」

激しい輝きののち聞こえたのは女ヴァンパイアの断末魔で、徐々に光がおさまっていくと……腕に感じたあの女の手の感触はなくなっていた。

「ハァッ……ァッ、……クソッ!!」

恨めしそうに呼吸を荒げ、突き刺さるような視線に目をあけたアレスの視界には衝撃的な光景が飛び込んできた。
 美しかった外見はひどく焼けただれ、艶やかな髪も熱にやられたように見るも無残に溶けてしまった醜い女の姿だった。

すると、激怒するかと思われたもうひとりの男のヴァンパイアは嘲笑うかのように冷たい視線を彼女へ向ける。

「悠久の<使者>に手を出せばどうなるか……わかりきっていたことだろう? 自業自得だな」

「う、うるさいっ!!」

ギロリと睨む女の瞳にも動じず、男は弧を描くように片手を胸元に添えると紳士のような振る舞いで優雅に頭をさげた。

「お戯れが過ぎました。大変申し訳ありません悠久の<使者>殿。我が王へのご用件ならば私めが仰せつかります」

「は、はい……」

まだバクバクと高鳴る胸を落ち着けるために深呼吸を繰り返す。
すぐに背後から進み出たブラストがキュリオの書簡を彼に差し出したが、今度はブラストが腕を掴まれるのではないかとそのやりとりに肝が冷える。
しかし男はあっさり書簡を手にすると一礼し、「たしかにお受け取りいたしました」と大人しく下がっていった――。
< 54 / 212 >

この作品をシェア

pagetop