【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
残り二ヵ国Ⅱ
黄昏(たそがれ)に染まりゆく悠久の空には森へと帰っていく鳥たちの姿がまばらに見受けられ、地を描くのは長く伸び始めたのは城壁や木々の影たちだった。
見慣れた風景に変わらぬ風の匂い。今日もこの国は穏やかで争いの気配など微塵も感じず、平穏な一日の締めくくりにあとは夜の帳(とばり)を降ろすばかりとなっていた。
――コンコン
静寂に包まれた室内に響いたのは、扉をノックする耳に硬い音だった。
「入れ」
『失礼いたしますぞ』
「…………」
王の承諾を得てガーラントが入室すると、窓辺に佇んでいたキュリオは振り返ることもなく無言を貫いた。
「ふぉっふぉ、よく眠っておる。本当に可愛らしい子じゃのぉ」
ベッドを覗き込み、孫を見るような目で目元をほころばせた大魔導師。さぞかしキュリオも同じ気持ちであろうと、彼の傍まで歩いていくと――
「楽しい時間をお過ごしになられたのかと思いましたが、我が王は浮かない顔をしておる」
「……あぁ」
短く返したキュリオの言葉はそこで打ち切られ、無音のため息をついた彼は窓辺に寄りかかる。いつもは美しく優雅なその動作さえ今はどことなく気だるさが漂っており、大魔導師はこの銀髪の王の複雑な心境に寄り添うように話しはじめた。
「……キュリオ様、聞きましたぞ。再調査の結果、この子が悠久の者である可能性が絶たれてしまったそうですな」
神妙な面持ちで告げるガーラントだが、キュリオの反応はあっさりしたものだった。
「あぁ、この国での調査は今後一切不要だ。残り二ヵ国の返事をもってこの件は完結するだろうからな」
「左様でしたか……。ということは、すでに二つの国から返答があったということですかな?」
「そういうことだ。もっとも可能性の低い二ヵ国から"該当者なし"と報告があった」
すると、さらに真顔になったガーラントは声を低くしキュリオに告げる。
「まもなく使者が到着いたします。先ほどアレスたちが悠久の水晶門をくぐったと知らせが入りましたゆえ……」
「……そうか」
心を決めたように頷いたキュリオの視線の先には穏やかに眠るアオイの姿があった――。
やがて茶を入れ直しにやってきた侍女へ眠るアオイを見守るよう指示を出したキュリオは大魔導師を引き連れ広間へと急ぐ。視線の先では王を受け入れるように扉が開かれると、あらかじめガーラントから命を受けていた他の家臣や侍女たちは、使者の帰還に備え出迎えの準備を整えていた。
「キュリオ様、奥へどうぞ」
ひとりの女官が近づき、座り慣れたソファへと案内していく。ガーラントはキュリオの向かい側へと腰を落ち着け口を開いた。
「ブラストからは怪我人が出たという報告は入っておりませぬ。少々時間が遅れている気がいたしますが、問題ないとみてよろしいかと」
「…………」
無言のままソファへと背を預けたキュリオは長い足を組み、その上に片手をおいて窓の外に目を向ける。すると自室からみた黄昏の空は、より一層橙の色を濃くし、眩しい程に西の空を輝かせていた。
見慣れた風景に変わらぬ風の匂い。今日もこの国は穏やかで争いの気配など微塵も感じず、平穏な一日の締めくくりにあとは夜の帳(とばり)を降ろすばかりとなっていた。
――コンコン
静寂に包まれた室内に響いたのは、扉をノックする耳に硬い音だった。
「入れ」
『失礼いたしますぞ』
「…………」
王の承諾を得てガーラントが入室すると、窓辺に佇んでいたキュリオは振り返ることもなく無言を貫いた。
「ふぉっふぉ、よく眠っておる。本当に可愛らしい子じゃのぉ」
ベッドを覗き込み、孫を見るような目で目元をほころばせた大魔導師。さぞかしキュリオも同じ気持ちであろうと、彼の傍まで歩いていくと――
「楽しい時間をお過ごしになられたのかと思いましたが、我が王は浮かない顔をしておる」
「……あぁ」
短く返したキュリオの言葉はそこで打ち切られ、無音のため息をついた彼は窓辺に寄りかかる。いつもは美しく優雅なその動作さえ今はどことなく気だるさが漂っており、大魔導師はこの銀髪の王の複雑な心境に寄り添うように話しはじめた。
「……キュリオ様、聞きましたぞ。再調査の結果、この子が悠久の者である可能性が絶たれてしまったそうですな」
神妙な面持ちで告げるガーラントだが、キュリオの反応はあっさりしたものだった。
「あぁ、この国での調査は今後一切不要だ。残り二ヵ国の返事をもってこの件は完結するだろうからな」
「左様でしたか……。ということは、すでに二つの国から返答があったということですかな?」
「そういうことだ。もっとも可能性の低い二ヵ国から"該当者なし"と報告があった」
すると、さらに真顔になったガーラントは声を低くしキュリオに告げる。
「まもなく使者が到着いたします。先ほどアレスたちが悠久の水晶門をくぐったと知らせが入りましたゆえ……」
「……そうか」
心を決めたように頷いたキュリオの視線の先には穏やかに眠るアオイの姿があった――。
やがて茶を入れ直しにやってきた侍女へ眠るアオイを見守るよう指示を出したキュリオは大魔導師を引き連れ広間へと急ぐ。視線の先では王を受け入れるように扉が開かれると、あらかじめガーラントから命を受けていた他の家臣や侍女たちは、使者の帰還に備え出迎えの準備を整えていた。
「キュリオ様、奥へどうぞ」
ひとりの女官が近づき、座り慣れたソファへと案内していく。ガーラントはキュリオの向かい側へと腰を落ち着け口を開いた。
「ブラストからは怪我人が出たという報告は入っておりませぬ。少々時間が遅れている気がいたしますが、問題ないとみてよろしいかと」
「…………」
無言のままソファへと背を預けたキュリオは長い足を組み、その上に片手をおいて窓の外に目を向ける。すると自室からみた黄昏の空は、より一層橙の色を濃くし、眩しい程に西の空を輝かせていた。