【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
悠久の王の愛を一身に受ける少女
脇目も振らず颯爽と歩くキュリオの後ろをついていく。言葉をかける隙さえ与えてもらえないガーラントは、コンパスの広いキュリオの歩調に小走りでなければ離されてしまうため、年齢にしては幾分若い足を懸命に運ぶ。
(キュリオ様が無言になるのは考え事をしておられるときじゃ)
しかしその足取りを見る限り、迷いはないとみて間違いなさそうだった。それは赤子に対してよほどの信頼が芽生えたか、悠久の民へ危害を加えない安全な存在だと言い切れる自信があるかのどちらかである。
そんな思考が頭を駆け抜けると突如、王の姿が視界から消えて、彼が自室へ入っていったのだと理解する。ガーラントは閉じかけた扉へやっとのことで体を滑り込ませると、ほっと胸を撫でおろした。すると――
「では、御用がおありでしたらお呼びくださいませ」
#主__あるじ__#が戻ったことで役目を終えた侍女が部屋から出ていこうとするのを、ガーラントは直前でかわしながら王の傍へ近づく。当の彼はというと、赤子の眠るベッドへ近づき、出生不明となってしまった少女の様子を覗こうと膝をついている。
キュリオはなるべく振動を与えぬよう、ベッドには触れず顔を近づけてみると……すでに眠りから覚めていた愛らしいアオイと視線が交わる。
「お昼寝はもういいのかい?」
「……んぅ、……」
「……おや?」
眠り足りないのか、おなかがすいたのか、キュリオの言葉に珍しくぐずるような声が返ってきた。普段彼女は機嫌を損ねることが滅多にないため、ようやく甘えてくれるようになったのかもしれないと、驚くほど前向きな自分がいる。
「おいでアオイ」
キュリオがそっと手を差し伸べると、彼女も懸命にそれに応えようと腕を持ち上げて見せた。しかし寝起きで力が入らないのか、彼女の腕は途中でだらりと落ちて……しまいそうになるのをキュリオの手がしっかりと受け止める。
「お前は私の娘だ。血の繋がりなど関係ないさ」
「……?」
なにを言われているか理解できないアオイはキョトンと瞳を瞬かせている。するとクスリと笑ったキュリオは小さな体をベッドから起し、全身で彼女の存在ごと抱きしめる。そして幸せそうに目を閉じて、五感のすべてでぬくもりを感じていると……じんわりと心にあたたかい感情が沸き起こってくる。
「"愛しい"という言葉はお前のためにあるような言葉だね」
「…………」
彼は本心からの言葉を紡いだ。そしてわずかにキュリオの腕に力が込められると、腕の中にいる幼子の瞳は悲しげに揺れた――。
背後に控えていたガーラントはその様子を目尻を下げて見つめている。
(とうとうキュリオ様の愛を一身に受ける特別な女子(おなご)が現れおったか。いやはや……若いにこしたことはないが、生まれたての赤子とはのぉ……ほぉっほぉっ)
この王へ想いを寄せる女性の数は把握しきれないほどに存在しているが、相手が赤子なら醜い嫉妬や悪意に晒(さら)される事もないだろう。ガーラントはかつてない幸せそうなキュリオの顔を見ながら、やっと彼の心からの笑顔を見た気がしたのだった――。
(キュリオ様が無言になるのは考え事をしておられるときじゃ)
しかしその足取りを見る限り、迷いはないとみて間違いなさそうだった。それは赤子に対してよほどの信頼が芽生えたか、悠久の民へ危害を加えない安全な存在だと言い切れる自信があるかのどちらかである。
そんな思考が頭を駆け抜けると突如、王の姿が視界から消えて、彼が自室へ入っていったのだと理解する。ガーラントは閉じかけた扉へやっとのことで体を滑り込ませると、ほっと胸を撫でおろした。すると――
「では、御用がおありでしたらお呼びくださいませ」
#主__あるじ__#が戻ったことで役目を終えた侍女が部屋から出ていこうとするのを、ガーラントは直前でかわしながら王の傍へ近づく。当の彼はというと、赤子の眠るベッドへ近づき、出生不明となってしまった少女の様子を覗こうと膝をついている。
キュリオはなるべく振動を与えぬよう、ベッドには触れず顔を近づけてみると……すでに眠りから覚めていた愛らしいアオイと視線が交わる。
「お昼寝はもういいのかい?」
「……んぅ、……」
「……おや?」
眠り足りないのか、おなかがすいたのか、キュリオの言葉に珍しくぐずるような声が返ってきた。普段彼女は機嫌を損ねることが滅多にないため、ようやく甘えてくれるようになったのかもしれないと、驚くほど前向きな自分がいる。
「おいでアオイ」
キュリオがそっと手を差し伸べると、彼女も懸命にそれに応えようと腕を持ち上げて見せた。しかし寝起きで力が入らないのか、彼女の腕は途中でだらりと落ちて……しまいそうになるのをキュリオの手がしっかりと受け止める。
「お前は私の娘だ。血の繋がりなど関係ないさ」
「……?」
なにを言われているか理解できないアオイはキョトンと瞳を瞬かせている。するとクスリと笑ったキュリオは小さな体をベッドから起し、全身で彼女の存在ごと抱きしめる。そして幸せそうに目を閉じて、五感のすべてでぬくもりを感じていると……じんわりと心にあたたかい感情が沸き起こってくる。
「"愛しい"という言葉はお前のためにあるような言葉だね」
「…………」
彼は本心からの言葉を紡いだ。そしてわずかにキュリオの腕に力が込められると、腕の中にいる幼子の瞳は悲しげに揺れた――。
背後に控えていたガーラントはその様子を目尻を下げて見つめている。
(とうとうキュリオ様の愛を一身に受ける特別な女子(おなご)が現れおったか。いやはや……若いにこしたことはないが、生まれたての赤子とはのぉ……ほぉっほぉっ)
この王へ想いを寄せる女性の数は把握しきれないほどに存在しているが、相手が赤子なら醜い嫉妬や悪意に晒(さら)される事もないだろう。ガーラントはかつてない幸せそうなキュリオの顔を見ながら、やっと彼の心からの笑顔を見た気がしたのだった――。