神様修行はじめます! 其の五
「ええぃ! 必要な物も生えておらぬ頭のくせに、余計なことばかり考えおって! 面倒な男よ!」


 怒鳴った絹糸がバッと身を起こし、クレーターさんの元へと駆け寄る。


 身を丸くしているクレーターさんの襟元を咥え、そのままグイッと持ち上げて、身を翻して駆け戻ってきた。


 すれ違いざま、片腕であたしを抱きかかえたしま子が、もう片腕で絹糸の首筋をガッシリと抱え込む。


 そしてセバスチャンさんが絹糸の背中にヒラリと飛び乗りながら、叫んだ。


「……典雅様!」

「承知におじゃる!」


 キィィンと鼓膜が震えるのと、絹糸が橋の欄干をバッと飛び越えるのと、同時だった。


 ふわり……と体が宙に浮いて、マロさんの結界があたしたちを、ひとまとめに包み込んでいく。


「絹糸、あそこ! 急いで!」


 唯一、まだ凍り付いていない場所に向かって、絹糸が思い切り突っ込んでいくけど……


 氷の方も、すっごいスピードで閉ざされていく! うおぉ、どっちが早い!? 間に合うか!?


「行け行け絹糸! ブッちぎれーーー!」


―― ドォーーーーーン!


 派手な破壊音と共に、真っ黒な氷が四方に砕け散った。


 あたしの視界に映る、真っ青な初夏の空と、飛び散る黒い氷の破片を最後に、入り口は完全に閉ざされてしまう。


 その瞬間、周囲は静寂と暗闇に覆われた。


 目をつぶっても開けても、なんの変りもないほどの真っ暗具合に、異界に飛び込んだ感慨も湧いてこない。


 やっぱり予想通りだ。光が完全に遮断されちゃってて、なんも見えない。


 夜の海で溺れると、暗闇で方向感覚が狂ってしまうせいで溺死しやすいって聞いたけど、実感だ。


 こりゃどっちが上で、どっちが下で、どこが右で、何が左なんだかもー、わけ分かんない。


 あたしひとりだったら完全にパニクってた。
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