神様修行はじめます! 其の五
 結界の底にへばり付くようにして、周囲の人影を眺めていたクレーターさんが、静かに答えた。


「よく見ろ、滅火の娘。これは人ではない」


「は? いや、人でしょ? どう見ても牛やニワトリには見えないよ。パッと見は幽霊っぽいけど」


「だから、よく見ろと言っている。これは幻影なのだ」


 ……幻影? どういうこと……?


 周囲をよーく見回して、白い人影を注意深く観察しているうちに、奇妙な違和感を感じた。


 この人たち全員、あたしたちのことを見てもいない。


 いや、見ていないというよりも、あたしたちの存在に気づいてもいないんだ。


 皆さんそれぞれ勝手に動き回って、てんでんバラバラなことばっかりしている。


「これはおそらく、我ら小浮気一族の過去だ」


 クレーターさんが、人影の群れを見つめたまま意味不明なことを言った。


「はい? 過去?」


「当主様と水園が持ち込んだ水絵巻の水が、この付近で混ざったのだろう。そのせいで一時的にだが、ここらの水は水絵巻の能力を有しているようだ」


「え!? じゃあ、ここの水の全域が、水絵巻の巨大バージョンってわけ!?」


「そうだ。水が私に同調している。私を通じて、小浮気一族の歴史が映し出されている」


 ほの暗い青色の水中にボウッと浮かび上がる、幻想の人々が揺らめく姿。


 これは、記憶だ。

 クレーターさんの中に脈々と受け継がれている、かつて実際に生きていた人々の、たしかな記憶の姿なんだ。


―― さあ…………ねば。


 とつぜん、グラスハープが重なり合う音が頭の中に響いた。


 水の中を漂う不可解な和音が、人の言葉を織り成して、あたしの頭の中に鳴り響いている。


―― さあ……生み出さねば。我らは、生み出す定めの者……。


「なんですの? この声は?」

「麻呂の頭の中にも、音が響いているでおじゃる」


 みんな頭を抱えて、不安な表情で周りをキョロキョロしている。


 この声が聞こえてるの、あたしだけじゃないんだ。みんなにも聞こえている。
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