神様修行はじめます! 其の五
 喚き散らす成重をじっと見つめる、泣き腫らした用人の両目に涙がぶわりと盛り上がる。


 彼は葛藤に苦しむようにギュッと目を瞑ったかと思うと……手の中の宝物を、思い切り地面に投げつけた。


 小瓶のような小さな宝物は、パリンと音をたてて粉々に砕け散る。


 それと同時に、宝物庫を覆っていた半透明の結界も音もなく消滅してしまった。


『成重様、どうかお願いいたします! 水晶様をお助けください!』


 その場に崩れ落ちながら、用人は泣きむせんだ。


『これではあまりにも水晶様が哀れ! どうか、どうか……!』


 他の用人たちは突然の出来事に戸惑っているのか、口も出さずに状況を見守っている。


 成重は目の前の大扉の取っ手に飛びつき、全力で押し開いた。


 重々しい音を響かせながら開く扉の隙間に、頭から滑り込んでドサリと倒れ込む。


 すかさず飛び起き、一目散に走りながら叫んだ。


『水晶殿ーーーーー!』


 異様に広い宝物庫内だが、目指す場所はすぐに分かった。


 力場が乱れている。一定の方向に向かって、非常に強くて重い力が働いているのが肌で感じられた。


 これは……もう儀式が始まってしまっている!


 声にならない悲鳴をあげながら、力の集中している場所に向かって、成重は庫内を疾走した。


 薄暗い宝物庫を駆け抜けた先に、ボンヤリと明るい光が見えてくる。


 そして、そこに見えたあまりに異様な光景に、成重は気が遠くなりかけて立ち尽くした。


『す……水晶……!?』


 たしかに、そこに水晶がいた。


 地面に白く浮き上がる術式の紋様の中で、純白の一重の衣装を身につけた彼女は、地べたにペタリと正座している。


 だがその両腕といわず、両足といわず、首にも、そして髪の毛にも、何十本という極細の黒い鎖が強固に巻き付けられていた。


 その鎖で水晶は、地面に縫い付けられるようにガッチリと固定されていたのだ。


 後頭部の髪を鎖によって思い切り後ろに引かれ、グッとアゴを反らした水晶は、こちらを振り向くこともできない。


 小さな瞳だけを動かし、水晶は成重の声がする方向を見ようとした。


『な、成重、様? なぜ……?』
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