神様修行はじめます! 其の五
『なぜ!? なぜ長の娘の水晶殿が、犠牲にならねばならぬのですか!?』


『お前も知っておろう? この前の大きな戦いで、我らは良質な宝物を大量に使用してしまったのじゃ』


『次の戦いに備え、使った分は補充せねばならぬだろう。早急にな』


 父と兄は手に持った関連書類をペラペラめくって眺めながら、事務的にそう言い切った。


 なんの感情の片鱗も見せないその表情が、如実に彼らの本音を物語っている。


 尊い犠牲だなどと、微塵も思っていない。


 このふたりにとって儀式など、ただの職務の遂行以上のなにものでもないのだ。


 ……そういう人たちだと、分かっている。


 生まれたときから見下され続け、下男以上の扱いなど受けたこともない自分が、嫌というほど、痛いほど思い知っている。


 だが、そんな父と兄の中にもきっと存在するであろう人間としての情に……成重は、すがった。


『ですが、父親が娘を犠牲にするなどと! あまりに残酷でございましょう!』


『だから選ばせたのだ』


 淡々と書類をめくりながら言う兄に、成重は食い下がった。


『選ばせた!? なにを選ばせたというのですか!?』


『上か、下かだ』


『……?』


 意味が分からず呆ける成重の顔をチラリと横目で見ながら、兄は『鈍い奴め。分からぬか?』と舌打ちする。


『小浮気の血さえ濃ければ、姉でも妹でも構わない。どちらの方を差し出すか自分たちで選んでよいと、情けをかけてやったのだ』


『…………!』


『こちらが指定するのは、さすがに気の毒だったのでな』


『な……』


 成重は、開いた口がふさがらなかった。


 上の娘か下の娘か、どちらでも構わないから死ぬ方を選べ?


 それを言ったのか? このふたりは、当の本人たちに向かって?
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