神様修行はじめます! 其の五
 小浮気の長と水園は、お互いに掻き抱き合い、身も世もなくすすり泣いている。


 いまにも引き千切れそうなほど歪んだ泣き顔を見て、成重は悟った。


 父親は……上の娘が生き延びる方を選んだのだと。


 水晶と違って、姉の水園は他一族にまで名の知れ渡る才媛。まさに一族の至宝。


 水園ならば、門川当主の正室の座に就くことも決して夢ではない。


 もしもそうなれば?

 さすがに御正室の出身一族を、宝物のために無残に殺し続けるわけにもいくまい。


 水園は、つらく悲しい定めに翻弄され、苦しめられ続けてきた彼らの希望の星なのだ。


 父親は長として、一族から希望を取り上げてしまうわけにはいかなかった。だから……。


 だから水晶は、自分の父親から、どうかお前の方が死んでくれと頭を下げて頼まれたのだ……。


『なんと……むごい……』


 ギリギリと歯を食いしばった成重の視界が、涙で霞む。


 あまりに、むごい。それ以外の言葉など、とても見つからない。


 ……どんな、気持ちだったのか。


 輝かしい姉の影で、誰からも振り向いてはもらえず、それでも真摯に、懸命に生き続けてきた。


 姉のように宝玉と讃えられずとも、誰に知られずとも、彼女は自分の名に恥じぬ水晶のように生きてきた。


 汚れなく澄んだ心で精いっぱい、物陰からひっそりと、一族と自分の未来を信じて祈り続けてきたのだ。


 その一族から、姉の代わりに死んでくれと願われて……。


『水晶殿。あぁ、水晶……』


 世界は素晴らしいと信じて、空を見上げて微笑んでいた水晶。


 そして今、彼女はあのときとそっくり同じように首を大きく反らし、無残に術式に縛り付けられている。


 成重の胸から激しい哀憐の情が噴き出し、まるで凍える烈火のようにジリジリと心を焼き苛む。


 ノドに込み上げる感情が、熱い涙と悲痛な呻きとなって、両目と唇からどっと溢れ出た。
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