神様修行はじめます! 其の五
『鬼だ! あなたたちは鬼にも劣る! なぜこんなむごい仕打ちを、弱き立場の者たちへ強いるのだ!』


『無礼なことを申すな! この、痴れ者めが!』


 兄が、手に持った書類の束を成重に向かって、思い切り叩きつけた。


『見よ! これだけの宝物が、たった一度の戦いで失われたのだぞ!? どれほど激しく厳しい戦いだったか、お前に分かるか!?』


 うずくまって身を震わせ、わぁわあと声をあげて泣き喚く成重の背に、何枚もの白い紙がバラバラと舞い落ちる。


『多数の仲間が命を落としたのだ! 宝物と引き換えに命を落とすのは哀れで、戦って死ぬのは当然とでも申すのか!?』


 普段は取り澄ましてばかりの兄が、よほど腹を据えかねたのか、形相を変えて怒鳴り散らしている。


『下男として暮らしているお前には、想像もできぬだろう! 実際の戦場がどれほど凄惨で、酸鼻の極みか! 我らはその地獄の中を、日々這いつくばって生きているのだ!』


 だからこその、上位。


 犠牲にする物の大きさに見合うだけの、見返り。


 お前たちは阿鼻叫喚の地獄絵のような場所に立つこともなく、矢面に立たされる心配もない。


 だが、ただ田畑を耕し倉庫管理をしているだけで、守ってもらえると思うなど愚の骨頂。


 ……血を流してもらう。


 相応の犠牲を払ってもらう。


 戦いに身を投じられぬというのなら、他のことで、我らと同じく血の涙を累々と流してもらう。


『それ以外に、我らが異形に次々と食い殺されている間、縁側で茶をすすっているお前たちが神の一族を名乗る資格はない』


 兄の両の目が爛々と底光りしている。


 陰の籠った声が、どす黒い毒気をはらんで耳の奥へと入り込み、腹わたまでジワジワと汚染していく。


 あぁ……彼は恨んでいるのだ。


 心底から憎んでいるのだ。


 戦わぬことを許容されている者たちを。


 そして、それは我らも同じこと。


 我らが彼らを羨み、嫉む感情と同じこと。


 対極の位置にある者たちは、遠く隔たる場所からお互いを見やる。


 そして叶わぬ羨望に胸を黒く焦がし続けて、やがて、その身を真黒に染め上げるのだ。


 橋の下の清流が、時と共に後戻りできぬほど黒く濁ってしまったように……。
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