神様修行はじめます! 其の五

 あぁ……世界よ。


 水晶が『素晴らしい』と信じた世界よ、いま奇跡を起こせ。


 お前を信じ続けた者を救え!


 汚れなく愛しいあの存在を、この手に返してくれ!


 それが、それが叶わぬとしたら……


 伸ばしたこの指先が、二度とあの美しい希望に届かぬのだとしたら……


 そんな無情な世界の意味など……。



『……もう、終わる』


 蛟の父の声と共に、術陣の白い輝きが頂点に達した。


 術式の完成。力場の極限。


 押し潰されるほどの純白が空間を圧倒し、皆、真白に飲み込まれた。


 音も、歪みも、思考も苦痛も感覚も、すべてが一瞬、無に帰する。


 白の中に消えゆく愛する者の影を追い、成重はふわりと立ち上がり、無心に駆け寄った。


 足元は不確かな感触しかなく、ひどく頼りなくて、まるで雲の上を走っているようだ。


 しかも、ほんの少しの距離のはずなのに、この白い空間の中をどこまで駆けても、どこにもたどり着かない。


 もしかしたら、私たちはもう永遠に会えないのではないか……?


 懸命に手足を動かしながらそんな不安を覚えたとき、成重はようやく、目指す者を見つけた。


 白い一重の着物姿の水晶が、宙にふわりと浮き上がり、横たわっている。


 穏やかに目を閉じ、髪を風に靡かせ、彼女は眠っていた。


 その穏やかな姿からは苦しみや悲しみの片鱗も窺えなくて、成重は心からホッとする。


 あぁ、よかった。やはりあれは、ただの夢だったのだ。


 あんな非道な行いが、水晶が愛する美しいこの世界で、まかり通るわけがない。
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