神様修行はじめます! 其の五
 玄関に座り込んで涙ウルウル状態で主張するしま子をなんとか宥めて、あたしは帰宅の途に就いた。


 アスファルトを踏みしめながら歩く夜の住宅街には、家々の窓から漏れる明かりや街灯の灯りが、切り絵のように浮かんでいる。


 窓明かりの向こうには、見知らぬ人たちの生活があって、みんなテレビ見たりご飯食べたり、家族とおしゃべりしてるんだろうなぁ……。


 なんだかそんな当たり前のことが、すごく不思議な気がするよ。ねえ、お月さま。


 心の中でそう語りかけながら、あたしは夜空に浮かぶ月を見上げた。


 門川君と何度も一緒に見上げた月。……そういえば、誰にも一度も聞いたことはない。


『この月とあちらの月は、同じ月? 世界は離れていたとしても、どこかで繋がっているの?』


 聞いたことがないのは、疑問に思ったことがないから。


 そんなことを聞く必要もなかった。だって、繋がり合いたいと願う相手は、いつも隣で月を見上げていたから。


 この一年、あたしと門川君は信じられないほど濃い時間を過ごしてきた。


 そして信じられないほど急速にお互いの距離を縮めて、手を取り合って誓ったの。


 そばにいれば無敵。だから一生離れないって。


 でもね……あたしたちが過ごした時間はどれほど濃くても、たったの一年。


 そしてこの先は、何十年という膨大な時間が待っている。


 あたし自身まだ十数年しか生きてないってのに、その何倍もの月日なんて、膨大すぎて想像つかない。


 今回、門川君が起こした騒動を無事にやり過ごせたとして、彼のあたしへの気持ちにも変わりがなかったとしても……


 途方に暮れるほど長い月日の中で、この先なにかが起きて、お互いの気持ちが変わってしまったら?


 そのときあたしは、どうするんだろう。どうなるんだろう。
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