神様修行はじめます! 其の五
 そんな可能性は考えてもみなかった。


 門川君が当然のように隣にいる間は、考える必要もないことだったから。


 でもいまこうして、あたしはひとりで月を見上げている。


 そして確実に、自分の未来への不安を感じている。


 思いもしなかったことと、ありえないってことは、同じ意味じゃないんだ。


 月が空を動き、満ち欠けするように、時間をかけて世界は静かに変わっていく。


 変わらない保証なんて、この世のどこにもない。


 そんな当たり前のこと、これまで思いもしなかったなんてね……。ねぇ? お月さま。


 語りかける月は、闇夜にぽかりと浮いたまま。なにを答えるでもなく、淡く妖しい金の光を放って空の上から煌々と下界を見下ろしている。


 考えないようにしようとしても、こんな夜は勝手に頭の中でいろんな思考が巡ってしまうよ。


 これは月の魔力のせいなのかな? 闇夜が金の瞳を開けて、人の心の中を覗き込もうとしてるんだ。


 ……隠せない。月の光を前にしては、どんなに厚いベールで覆った秘密も、すべてさらけ出されてしまうんだよ……。


「ただいまー」


 あたしは玄関のドアを開けて、月から逃れるように家の中へ入った。


「里緒、お帰りなさい」

「遅かったな」


 リビングに行くと、ソファーに座ったお父さんがテレビでスポーツ観戦してて、キッチンでお母さんがお米をといでいた。


「里緒、お前もうちょっと早く帰って来なさい。女の子なんだから」


「それで? 課題は無事に済んだの? 明日の発表は大丈夫そう?」


 画面越しの歓声と一緒に聞こえる、ちょっと不機嫌そうなお父さんの声。


 ジヤージャー流れる水道の音に混じったお母さんの声。


 生活感あふれるその音たちが、あたしの心をホッとさせてくれた。
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