神様修行はじめます! 其の五
「なれば、ここはお互い黙って引くのが得策でしょう」


 ニコリと微笑みながらそう言う地味男に、クレーターさんが叫ぶ。


「す、水園は返してもらうぞ!」


「ですから先ほど申し上げた通り、あなたの娘御はここにはいないのですよ」


「そんなことを言われて黙って引き下がれるか! 私は父親だ!」


「……ほう? 父親ですか?」


 一本の糸のように細められていた目が、スッと開いた。


 わずかに覗く瞳の奥にゾッとする寒々しさが見えて、思わず息を飲む。


「たしかに父というものは、我が身に変えても自分の娘を守るものにございましょう」


「……!」


 クレーターさんの顔がサッと青ざめ、声を失った。


 水晶さんを一族のために死なせてしまったクレーターさんにとって、これ以上の残酷な言葉はないだろう。


 ましてや水晶さんの恋人だった彼から言われる痛手は、計り知れない。


 父親と同様のつらさを噛みしめているだろう水園さんの、悲しげな泣き声がますます大きくなる。


 そんなふたりの苦しむ様子を淡々と眺める地味男の肩の上に、彫刻鳥が手品のようにフッと現れた。


「この彫刻鳥の思念を介せば、わずか一瞬ですべての事情が上層部に露見しますよ? そうなれば、あなたの娘御はどうなるでしょうね」


「…………」


「守って差しあげなさい。父親ならば」


 地味男が裏で何かを画策している証拠は、どこにもない。


 唯一マクシミリアンが手元にいるけど、異形とはいえ亀一匹を上層部に見せて、『これが謀反の証拠だ』って言ったって鼻で笑われるのがオチだ。


 あたしたちの主張は誰にも信じてもらえないだろう。


 悔しいけどここは地味男の言う通り、双方が引くしかないんだ。


「どうやらご理解いただけたようですね。それでは、これにて失礼いたします」


「成重様」


 クルリと背を向けた地味男に、セバスチャンさんが静かに声をかけた。
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