神様修行はじめます! 其の五
「昔からあなた様は、誰に対しても誠実な姿勢を崩さぬ、情け深いお方でした」


 背中まで届く長い髪を一本に結んだ男の背に、かつての級友の言葉が投げられる。


「なのにこれが、そのあなた様が真に望む道なのでございますか?」


「遥峰君」


 振り返りもしない男から、かつての級友へ言葉が返された。


「優秀な君と平凡な私の間には何の接点もなかったろう? さして親しくもなかった君に、私の本質など分からないよ」


「それでもあなた様は、長の子息という立場にない私を決して侮蔑しない、数少ない級友でした」


「…………」


「私という人間の存在を否定しないあなた様の懇篤な心根を、私はたしかに知っていたのです」


「…………」


「なのにあなた様は今、何を否定するとおっしゃるのですか?」


 このふたりはまだ少年の面影も色濃い頃、同じ学び舎で共に学んだ同士だ。


 片や、上位一族の長の子息という立場ながら、生まれたときから冷遇される運命を生きてきた者。


 片や、下位一族の平民という立場ながら、その優秀さゆえに特例を受け、未来を約束された者。


 一見すれば対極の存在でありながら、狭い社会の中で受けた視線と扱いは、似たようなものだったろう。


『はみ出し者』


 やがて学校を卒業して、お互い顔を見る機会すらなくなり、成長して大人になっても、セバスチャンさんは地味男のことを覚えていた。


 そして、それは地味男も同じこと。


 遠く離れた対岸からであったとしても、お互いは、お互いを間違いなく見合っていたのだ。


 時を経て再会し、ふたりはまた、こうして離れた場所からお互いを見ている。


 ……あの頃とは変わってしまった立場と心で。


「あなた様の事情は聞き及びました。それでも、あえて言わせて下さい。なぜです?」


「遥峰君」


 セバスチャンさんの名を呼ぶ声は、とても穏やかだった。


 その素直な呼び方は、たぶん級友時代となんら変わらない声なんだろう。


 そしてゆっくりと振り返った地味男は、なんだか少し困ったように眉を下げて、ほんのわずかに微笑んでいる。


 憂いの影を帯びた穏やかなその表情は、彼の深淵に強く刻み込まれた悲劇を思わせて……胸が痛んだ。


 そんな切ない表情のまま、彼は自分の唇にそっと人さし指を当てる。


「言っても詮無いことならば、それは、言わぬが花。……そうでしょう? 遥峰君」
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