神様修行はじめます! 其の五
「ございます」


 セバスチャンさんはそう答えてくれた。


 でも躊躇する様子もなく即答されたことが、逆に、彼にこの質問をしたことを後悔させる。


 やっぱり、聞いてはいけないことを聞いてしまったんだ。……そんな気がして。


「このままなにも、変わらずにいてほしい。ずっとそう願っておりました。不甲斐ないと言われようとも、変わらぬことで存在し続ける平凡な日常が、とても愛しかった」


 そんな風に語るセバスチャンさんの声と、凍雨くんの言葉が重なった。


『まるで霜の根元を覗き込むようにして、凍える指先で、『平凡』を見つけ出すんです』


 セバスチャンさんにとっては、お岩さんと一緒に笑って過ごせる平凡な毎日が、かけがえのない大切な宝物だった。


 でもそれは、いつか隠された事実が明るみになるかもしれない不安との、背中合わせの日々でもあった。


 だからこそ現実から目を背け、ひとりですべてを背負ったままで、素知らぬ顔で願い続ける。


 どうかこの平凡よ、続いてくれと。


 大切な人が傷つかず、苦しまず、笑顔でいられる日々がどうか変わらず続いてほしいと。


「ですが、どうあがいたところで刻は止まりません。いずれ必ず月が欠けていくように、刻は進んでその日は訪れる」


 秀麗な横顔が、また空を見上げる。


 薄闇の中でも明らかな憂いが忍ばれるその目は、夜空に浮かぶ月を見ている。


 隠しておきたかった事実が露見して、セバスチャンさんが愛した平凡な日常は終わりを告げた。


 でもそれは、しかたのないこと。


 お岩さんが彼に恋してしまったことは、彼女のせいじゃない。


 たとえそのせいで、セバスチャンさんが守り続けた物が壊れてしまったとしても。


 それは月が満ち欠けするのと同じで、誰のせいでもないし、誰が悪いわけでもない。


 だからこそ、やるせないんだ。


 壊れるべくして壊れてしまった平凡な日常が、なにより大切だったからこそ哀れで、愛しくて。
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