神様修行はじめます! 其の五
 でも水絵巻は、誰かの過去の記憶を映す物だ。


 古代に滅んじゃった異形の記憶なんて、いったい誰の記憶に連なってるの?


「月じゃ」


 絹糸が顔を上向ける。


 その視線の遥か先には、墨のように暗い夜空に煌々と照る月が浮かんでいた。


「月? 月の記憶ってどういう意味?」


「月は、太古からこの星に寄り添うておるじゃろう?」


 そりゃそうだ。月は地球よりも年上だって説もあるらしい。


「霊峰や神木といった、長い時を経た物質には霊気と神秘が宿る。その土地の精気を吸い上げ、歴史をその身に刻むのじゃ」


 月は姿の見えない朝も昼も、常に隣の場所にいて、この世の姿を見続けている。


 月は、見ていた。悠久の過去から現在までの、世界に息づくすべての事象を、ただ淡々と見ていた。


 月光はその記憶。


「月の神秘の力は、この摩訶不思議な山の頂で特別に作用する。生まれ変わった門川の秘宝の力や、すべての条件が揃って、月の記憶は具現化したのじゃろうて」


 いきなり現世に現れた異形は、地味男によってこうして生みだされた。


 それは分かったけど……。


 地味男が古代の異形を具現化させた理由はなんだろう?


 なんのメリットがあって、そんなめんどくさい事してんだ? この細目は。


「現世には、強い異形を退治できるような能力者はおらぬじゃろう?」


「うん」


「だからといって、神の一族たちが大挙して現世に押し寄せてきたらどうなる?」


「そりゃあ間違いなく現世はパニックになるよ。考えたくもない」


 だからって現世の人たちにバレないようにコッソリ退治しようにも、ゾンビ状態の異形退治は超厄介。


 とてもじゃないけど、周囲に戦闘を悟られずに退治するなんて不可能だ。被害だって広がるだろうし。


 真実を知った現世は大混乱に陥って、暴動が起き、壊滅状態になってしまう。


 現世は無事では済まないだろう。


 ……そうか。そういうことか。


「そうじゃ。『現世の滅亡』。それがこやつの計画だったのじゃ」
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