神様修行はじめます! 其の五
『母上様、やっぱり水園にはできません。ごめんなさい』


 そう言って幼い水園さんは、悲しそうに印を解いてしまった。


 自分を責めるようにうな垂れた少女の目が真っ赤に潤み、涙の粒がふわりふわりと浮かび上がる。


 そんな我が子を水面さんが懸命に慰めた。


『いいのですよ水園。あなたが謝ることはありません』


 そして水面さんは、水園さんよりもずっと悲しそうな表情をした。


『悪いのは、この私。あなたをこんな風に生んでしまった、この母がすべて悪いのです』


 しばらく悲しみに打ちひしがれていた水面さんは、確固たる決意の表情で顔を上げた。


 そして娘の手を取り、怖いくらい真剣な声で言い聞かせる。


『水園、残念だけれどあなたに神の一族の力は受け継がれなかった。でもこのことは、あなたと私だけの秘密です』


 小さな手を包み込み、何度も何度も繰り返す。


『父上様にも、妹の水晶にも、一族のどんなに信用できる人にも、言ってはいけない』


『どうして言ってはいけないのですか?』


『あなたは一族の長子。この絶望の状況で、皆があなたに大きな期待をかけているからです』


『…………』


『人は、期待を裏切られることには耐えられない。あなたという希望を失えば、恨みの念がすべてあなたに降りかかる。あなたは一族中から責められ、追放されるでしょう』


 赤く潤んだ水園さんの目に、強い恐怖が宿る。


 母親は怯える娘に、ことさら刻みつけるように念を押した。


『だから約束して。この先一生、なにがあろうと、絶対に秘密を守り続けると』


 水に揺らぐ黒髪の下に、娘の行く末を憂うひたむきな母の顔がある。


 幼い少女がコクリとうなづき、強い不安を打ち消そうとするように母と娘は抱き合った。


 そして……


 唐突にふたつの人形はボロボロと崩れ落ちる。


 砕けた破片はたちまち色を失い、靄と化して、夢幻のように空気に紛れて消滅してしまった。
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