神様修行はじめます! 其の五
 水園さんの空洞のような両目から、ドオッと涙が溢れ出す。


 迸る激情に身を流されるようにして、彼女はバタリと地に突っ伏し、泣いた。


「う……あ……うぅ、ぁぁあああ――――!!」


 唸り声のように低い鳴き声が、徐々に大きな慟哭に変わる。


 止まっていた時間の呪縛が破られ、急速に動き出し、溜まり続けた物すべてが一気に放流するような悲痛な嘆き声だった。


「水園様……」


 セバスチャンさんが、聞き取れないほど小さな声でつぶやく。


 身も世もなく泣き咽ぶ姿を見る彼の目は、やるせない憐憫に満ちていた。


 彼は知っている。水園さんの抱えた苦悩と悲しみを、我が身のことのように理解している。


 水園さんも願っていたんだ。


 どうかこの平凡な日々よ、続いてくれと。


 自分の隣に大好きな父親がいて、大好きな妹がいて、笑ってくれる日々が。


 一族から追い出されることなく、誰に責められることもない日常が続いてほしいと。


 死ぬまで秘密を守り通してくれた母親の言いつけを守り、そうしてずっとずっと、皆と一緒に生きていけたらと。


 でも……。


 そう願う間にも、抱えた秘密は重く心に圧し掛かる。


 沈黙を守った時間が長ければ長いほど、隠しごとは深く重みを増し、明かすことができなくなっていく。


 周囲は当たり前のように自分に多大な期待をかけ、なのに、それを決して果たせぬことを知る自分。


 後ろめたい。だから、なおさら言えなくなる。


 言えないままに平凡な日々は突然終わりを告げ、世にも悲惨な結末を招いてしまった。


 ……言えば良かったのにと、人は言うだろう。


 妹の命が奪われてしまう前に、事実を話すべきだったと、誰もが思うだろう。


 その通りだ。それが正しい道だった。
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