神様修行はじめます! 其の五
 そして自分が死ぬべきだった。


 『持つ者』と、『持たざる者』の命の価値を比べたなら、『持たざる者』が当然死ぬべきだから。


 論じる余地すら無い。どれほど聡明だろうが、どれほど努力を積み重ねようが、そんな物に意味などない。


『持たぬ』という事実ひとつで、自分のすべては無価値なのだ。


 だから、自分が、死ぬべきだった。


 そうして一族を失意に落とし、事実を隠し続けて死んでいった母も罵倒され、墓にツバを吐かれることだろう。


 おそらくは父も糾弾されて、長の座を追われてしまうだろう。


 生き残った妹は門川の正室候補に推されるようなこともなく、『姉妹揃って役たたず』とののしられ、後ろ指をさされ続けて生きていくだろう。


 それが正しい道だったのだ。


 それ以外に、正しい道など……どこにもなかったのだ……。


「水園。水晶」


 娘ふたりの名を呼びながら、虚ろな目をしたクレーターさんが腰を抜かして地面にへたり込む。


 かつて自分が死なせた娘。言えぬ秘密を抱えて追いつめられた娘。


 そのどちらが死んでも、結局は誰も救われなかったのだという悪夢。


 なにも知らされていなかった父親の空虚な目から、涙がボタボタと音を立てて流れ落ちる。


 あまりに酷い現実に押し潰されながら、自分自身の無知と無力さを思い知るしかないなんて。


 ねぇ、こんな……無惨なことがあっていいの?


 あんまりだ。これじゃあ、あんまりじゃないか……。


 悲しすぎて、虚しすぎて、崩れ落ちてしまいそうになる。


 この世の終わりを見たように涙を流し続ける父と娘を前にして、あたしたちは、なにもできない。


 かける言葉すらも見つからないんだ……。


「そうです。誰もかれもが無知で無力で、水晶を守ることができなかった」


 怒涛の悲しみと虚しさが充満する空気を破る、淡々とした声。


「だから今度こそ私が、水晶の意思を守るのです」


 突如、水絵巻から膨大な白い靄が立ち昇り、周囲一帯を真白に染め上げる。


 一陣の鋭い風が吹くような音と共に、白い幕の向こうから何かが飛び出して襲いかかってきた。
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