神様修行はじめます! 其の五
 遠く空の彼方から、絹糸と龍の咆哮が風に乗って流れてくる。


 その音をどこか絵空事のように聞きながら、あたしは地味男が言った言葉を頭の中で繰り返した。


『現世を見捨てる』?


 ……考えてみれば……


 神の一族たちの悲劇はすべて、戦いによって生まれている。


 大切な人の命が奪われてしまうという悲しみ。


 守るために犠牲にしなければならない物の大きさ。


『持つ者』と『持たざる者』の間に生じる、深い軋轢。


 もしも、神の一族が戦うことをやめたなら?


 誰も異形に殺されることはなくなる。


 使命を果たすために大事な物を犠牲にする必要もなくなる。


 一族同士の待遇の格差も、もっと小さくなるかもしれない。


 能力の有る無しによって、人間の価値が選別されるようなこともなくなるだろう。


 これまであたしたちが体験してきたような苦しみも悲しみも、もう起きなくなるかもしれない……?


―― ズゥゥ……ン!


 唐突に大きな地響きがして、あたしはハッと我に返った。


 けたたましい唸り声がする方を振り向くと、絹糸が龍と絡まり合いながら地面を転げ回っている。


 空中戦でどれほど負傷したものか、白く輝く美しい絹糸の毛並みはベットリ血にまみれていた。


 自分と同格の神獣を相手に、さすがの絹糸も苦戦しているんだ。


 一瞬の隙をついた龍が、太く鋭い牙を絹糸の喉笛に深く食い込ませ、カッと目を剥いた絹糸の動きが停止した。


 やばい! 急所を押えられた!


「き、絹糸!」


 慌てて駆け出そうとしたとき、鋭い雷光が夜空を照らした。


 次いで鼓膜に激痛が走るほどの大音量と、網膜に突き刺さる爆発的な閃光が、これでもかと言わんばかりに連発連打で襲い掛かってくる。


 追いつめられた絹糸が、起死回生の攻撃を仕掛けたんだ!


 うわあー! やかましすぎる眩しすぎる怖すぎるー!


 目も耳も心臓も容量オーバーして、全身が破裂しちゃいそうだー!
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