神様修行はじめます! 其の五
 クレーターさんはだらしなく開いていた唇をギュッと噛みしめ、涙で汚れた自分の顔をゴシゴシ拭いて、その手を胸元に突っこんだ。


 引き抜かれた彼の手には、『六徳蒔絵小箱』が握られている。


 箱から玉手箱のような白い煙がモクモクと立ち昇って、あっという間にクレーターさんとお岩さんの姿が隠れてしまった。


 煙の中からお岩さんの凛々しい声が聞こえてくる。


「アマンダ! これから鐘を鳴らして、マクシミリアンちゃんを覚醒させますわ!」


 マクシミリアン? そうか、マクシミリアンも水絵巻によって生みだされた古代種。


 しかも龍と同じく不死身の体だから、対等に戦えるはず! さすがはお岩さん!


「いきますわよー!」


 高らかな宣言と共に白い煙が薄らいでいって、その向こう側に身構えたお岩さんの姿が現れた。


「頼むよ! お岩さ……」


 …………。


 握りこぶしで応援していたあたしの目が、まさかの思いもよらない光景を見て、まん丸に見開かれた。


 だって。だって。


 白い煙の向こうに見える『アレ』って……。


「お寺の……釣り鐘……?」


 お寺の境内にある、除夜の鐘のときに大活躍する、あの青銅色したデッカイ釣り鐘。


 しかも超立派な鐘つき堂ごと、目の前にデーンと建立されてるんですけど……。


 そのお堂の中でドレス姿のお岩さんが、突き棒を思い切り引っ張りながら、グッと両足を踏ん張っている。


「お、お岩さん! それなに!?」


「鐘ですわ!」


「いやそれ見れば分かるけど!」


「いざというときのために、鐘を用意しておいて正解でしたわ! 武家屋敷の敷地内で見つけましたのよ!」


 たしかにね! それ鐘だけどね!


 他に、もーちょっとコンパクトな鐘って探せなかったのかな? って思うのは、あたしだけ!?


「どおりゃあぁぁ――――!」


 雄叫び一発、限界まで上体を反らしたお岩さんが、突き棒ごと鐘に全力で体当たりをかます。


『ゴオォォ――ン……』と、重厚な鐘の音の余韻が夜の山中にしみじみと響き渡って、思わず両手を合わせてしまった。


 あぁ、やっぱりあたしって日本人。ありがたい音色すぎて、なんか一気にボンノー消滅しちゃいそう……。


「うがあぁぁぁ――――!」


 あたしの胸ポケットから、しま子が勢いよく飛び出してきた。
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