神様修行はじめます! 其の五
 あたしは鼻水を啜りながら、思わず顔を上げて隣の門川君を見た。


 え? 母上?


 好きな女性に向かって、『お母さん』呼び?


 ……それは、わりと最低……。


「水園殿は母上にとてもよく似ているんだ」


 眉間にシワを寄せて理解に苦しんでいるあたしの隣で、逆に門川君は穏やかな顔をしている。


 その表情は、泣いていた幼児が母親の胸に抱かれて、やっと心の落ち着きを取り戻したときの表情にちょっと似ていた。


「水園殿の隣にいると、時間が巻き戻った気がした。二度と帰ってこないはずのあの日々を、もう一度取り戻せた気がしたんだ」


 門川君がお母さんと過ごした短い日々は、特別だった。


 彼にとって『母上』とは、取り戻せるものならなんとしてでも取り戻したい、切望の代名詞。


「彼女を救うつもりで、逆に僕の方が彼女にすがり付いてしまったんだよ。彼女を救えば自分の悔恨を軽くできるかもしれない、と」


「…………」


「みっともないことは百も承知だ。でもたとえそれが絵空事であったとしても、僕は……」


「あの、ごめん。ちょっといい?」


 スラスラと流れるように説明を続ける門川君の話に、あたしは意を決して強引に割り込んだ。


 ここは、はっきりさせておいた方がいいと思う。


「なんだい?」


「それって恋愛感情なんだよね?」


「え? なにが?」


 目をパチパチ瞬かせながら聞き返されてしまって、言葉に詰まる。


 いや、なにがって、それはこっちが聞きたいというか、聞いているというか。
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