神様修行はじめます! 其の五
「だからつまり、門川君は水園さんに恋愛感情を抱いているんでしょう?」


「……? なぜ僕が、水園殿に恋愛感情を抱かなければならないんだ?」

「え?」

「え?」


 あたしと門川君は、お互いの顔をまじまじと見つめ合った。


 ……いや、そんな、ものすごく心の底から不思議そうな顔をされても対処に困る。


「門川君、言ったよね? 水園さんに思慕の念を抱いたって」


「ああ、言った」


 速攻で肯定された言葉に、ナイフで突かれたように心がグサリと痛んで、あたとしは自然と早口になってしまう。


「だからそれは好きってことでしょ? 門川君が水園さんに恋してるってことなんでしょ?」


「? 水園殿のことはもちろん気に入っている。だが、彼女に恋をしたことは一度もない」


 …………はあ!?


「たったいま自分で言ったじゃん! 思慕の念を抱いてるってハッキリ宣言したくせに!」


 さすがにイラついたあたしは声を荒げた。


 まさか門川君が、こんな最低な二股男の言い訳みたいなことを言い出す人だなんて思わなかった!


「門川君の言っていること、あたしぜんぜん理解できない!」


 あたしの顔を怪訝そうに眺めていた門川君の眉間の間から、ようやく納得したようにシワが消えていく。


「あぁ、それはひょっとしてキミが、『思慕』の意味を間違って理解しているからじゃないのか?」


「間違いもなにも思慕は思慕でしょ!? 恋してるってことじゃん! あんまりあたしをバカにしないでよ!」


 門川君はメガネのブリッジを人差し指で押さえながら、ふうっとため息をつく。


「天内君。『思慕』とは、『思い慕うこと』だ。恋愛感情とイコールする言葉ではない」


「……え?」


「亡き人を偲んだり、過去を懐かしんだりするときにもよく使われる言葉だよ。キミ、芥川龍之介の『大川の水』を読んだことはないのかい?」


「……ない、けど?」


「じゃあ石川啄木の『時代閉塞の現状』は?」


「まったくありません」


 たとえ読んでも、理解できる自信もまったくありません。


「それでは、『思慕』と『恋愛』の違いが把握できないのも無理はないな。旧仮名遣いで読みにくい作品だが、今度本を貸すから必ず読みたまえ」


「……あ、ありがとう」


 ……え? なに? これってなんなの? どういう展開?
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