神様修行はじめます! 其の五


 水晶。あなただけが、私のすべてだった。


 この世に生まれたことを自分の親にすら認めてもらえなかった、みじめな私。


 そんな私をあなたは、この世で初めて見つけてくれた人だった。


 あなたさえこの世界に存在してくれたなら、それだけで私は幸せだったのだ。


 あなたが、私の一番だった。


 あなたは、私の唯一だった。


 あなた以外は、なにも、本当に何ひとつ、いらなかったのに……。



「あなたは、私以外のものを選んで逝ってしまった。けれど……私は本当に、あなただけがすべてだったのだよ……」


 死相の浮かんだ顔で微笑む地味男の目から、雨のような涙がしとど零れ落ちる。


 その涙は、二度と戻らぬ人への言葉にならない深い哀惜であり、今も尽きることない確かな愛の証だった。


 逝く道しか選べなかった者と、置き去りにされてしまった者。


 はたして、どちらがより深い苦しみを味わうものなのか。


 その答えも分からぬまま、透明な雫が彼の澄んだ目から、ほろほろと生まれては淡い雪のように儚く消えていく。


「……成重よ、お前は、置き去りにされたことをそれほどに恨むか?」


 地味男の涙を見た絹糸が、穏やかに問いかける。


「この娘はのぅ、何ひとつ、誰ひとりとして見捨てることのできぬ娘だったのじゃ」


 かつて、世界の全てに対して微笑んでいた清らかな少女を、黄金色の目が見つめている。


「だからこそ、お前はそれほどまでに愛したのではないのか? ならばどれほどつらくとも、この娘の輝きをお前が否定してはならぬ」


 甲羅を経た者が諭すその言葉は厳かで、どこまでも優しく、そして……悲しかった。


「去った者の心根を責めるな。愛したことだけをお前の胸に刻め。でなければこの娘が浮かばれぬではないか。それでは、あまりにも……」


 それ以上を言わず、絹糸は押し黙った。


 ……自分を置き去りにした者の心根を、決して責めるな。


 二度と帰らぬ場所へ逝ってしまった者を、決して恨むな。


 それがどれほど無慈悲なことか、絹糸自身が嫌というほど知っている。


 遺された者は泣き言さえも言えぬまま、すべてを胸の内に飲み込んで耐えろだなんて。
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