神様修行はじめます! 其の五
「呼んだ? 里緒」


 ハッと気がつくと、自転車に跨った真美が怪訝そうな顔でこっちを見ている。


 ここはいつもの帰り道。真美とバイバイする別れ道だ。


 ここでお別れ。


 いつもなら笑顔で手を振り合って、『ばいばーい。またねー』って言える場所なのに。


 もう二度とあたしたちに『またね』はないんだ……。


「なんか里緒、最近ちょっと変じゃない? らしくもなくボーッとしたりしてさ」


 真美の顔を淡い西日が照らしている。


 柔らかなオレンジ色と、薄っすらとした影が射すその表情を、あたしは真っ直ぐ見ることができない。


 どうしても目に涙がにじんでしまうのを、見られたくなかったから。


 胸が押しつぶされそうに息苦しくて、今にもワッと泣き出してしまいそう。


 それをごまかすために、必死にノドから声を絞り出した。


「あらぁ、アテクシだって年頃の乙女ですものん。アンニュイな気分になるときもございますのよぉ?」


 ふざけた口調で言いながらも、胸が痛くて痛くてたまらない。


 一瞬でも気を緩めたらワッと大声で泣き出しそうだ。


 あたしは涙がこぼれないよう空を見上げて、さりげなく真美から視線を逸らした。


「ほら真美さん、ごらんになって。夕日がこんなに綺麗ですわぁ」


「おーい、しっかりしろ里緒。頼むからこっちに戻って来ーい」


 笑いながらそう返してくる真美の言葉が、胸に悲しく突き刺さる。


 戻れるものなら、戻りたい。


 何度も何度もそう考えたよ。


 じー様に導かれ、あの不思議の扉を開けて、見知らぬ世界に踏み込んだあの瞬間に、再び戻ることができたならと……。



 あたしは決して後悔しないはずだった。


 ずっと門川君の隣で生きていくと決めた自分の決断に、確かな自信があったのに。


 あたしは、まだいくらでも逃げ道のある状況に甘えていたんだ。


 でも今こうして本当に退路を断たれ、絶対に後戻りのできないところに追い詰められて、心が揺れた。


 まだ引き返せる。まだ間に合うかもしれないって。


 その気になればここで真美に、『またね』と言えるんだ。


 今日も、明日も、あさっても、その穏やかで大切な毎日はずっと続いていく。


 どうする? どうする?


 ここが本当に最後の分かれ道だ。ここを逃せば『またね』は無い。


 心臓がドクドクと不穏に高鳴って呼吸が速まる。額には暑さと違う汗がじわりとにじむ。


 ギリギリに切迫した焦燥感が、あたしの心をどうしようもなく迷わせ、強烈に揺さぶっている。


 あたしは本当は……


 どうしたいの……?
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