神様修行はじめます! 其の五
「絹糸も、子猫ちゃんと一緒にこっちに残ってもいいんだよ?」


 そりゃ絹糸と別れるのは、ものすごくつらい。


 でも子猫ちゃんはまだこんなに幼いんだよ。


 あたしだって両親や真美との別れをこんなに悲しんでるのに、まだほんの子どもの子猫ちゃんにとって、親との別れはどれほど苦しく心細いことか。


 そんなつらいこと、子猫ちゃんに強制しちゃいけない。


「親子が離ればなれになるなんて悲しい選択、できることならふたりには選ばせたくな……」


「前にも言うたはずじゃ。我の子として生まれた以上、我が子には平穏な道などありえぬと」


 熱心に言い募るあたしの言葉を、絹糸はキッパリと拒否した。


「それに、これは『別れ』ではない。未来へ繋ぐ『希望』じゃ」


 希望。


 絹糸はあたしに、『希望を捨てるな』って言ってくれているんだ。


 子猫ちゃんが現世に残れば、ほんのわずかでも、未来に可能性が残るって。


「我が子は、ふたつの世界を繋ぐ一条の光じゃ。それは決して悲しむことではない。誇るべきことなのじゃよ」


 そう言って絹糸は子猫ちゃんに近寄り、その小さな体を丁寧に舐めた。


 子猫ちゃんは目を閉じて、なされるがままにじっとしている。


『誇るべき』なんて強くて勇ましい言葉とは正反対の、その情愛に満ちた優しい親子の光景が、あたしの心をギュッと締め付けた。


 絹糸は、未来のために子猫ちゃんをこっちに残すって言ってるけど、たぶん、理由はそれだけじゃない。


 きっと、あたしのことを思いやってくれているんだと思う。


 あたしの代わりに、子猫ちゃんに両親や真美を見守らせるつもりなんだ。


 だから安心しろって。お前の大切な人たちは大丈夫だからって。


 そうして、両親たちを置き去りにするあたしの心の罪悪感を、少しでも軽くしようとしてくれているんだと思う。


 絹糸、子猫ちゃん……。


 ごめん、ね……。


 そう言いたいけど、とても声が出ない。


 いつまでも寄り添い合って離れない親子の姿に、かける言葉も見つからない。


 あたしは床にペタンと座り込んだまま、ヒザの上のコブシを強く握りしめて、声を殺して涙をボロボロこぼすばかりだ。


 そして心の中で、何度も何度も感謝と謝罪を繰り返していた。
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