神様修行はじめます! 其の五
 ほとんど食べられないまま、最後の晩御飯の時間は終わった。


 いつもはお母さんにさんざん催促されてから始める食器洗いも、今日は自分から手伝う。


 その後も自分の部屋には戻らずに、ずっとリビングでお父さんと一緒にプロ野球のテレビ観戦をしていた。


 でもあたしの目はテレビじゃなくて、時計ばかりを見ている。


 コツコツと秒針が否応もなく時を刻むごとに、どうしようもない寂しさが覆い被さって、すごく息苦しくなって、気持ちが焦る。


 何かをしたくてどうしようもないのに、なにもできないんだ。


 こんなにも貴重な時間が風のように過ぎていくのに、思い出話をすることも、両親に別れを告げることも、なにもできない。


 淡々と、あっけなく過ぎていくだけの時間をこの両手で押し込めて、どこかに隠してしまいたい!


「里緒、もうそろそろ寝なさい」


 なにもできないまま、時は当たり前に、無情に過ぎてしまった。


 そしてあたしは、ついにこの場所から立ち去らなければならない。


 まるで、何ひとつ語ることのないまま処刑場に向かう囚人みたいに。


「…………」


 無言でソファーから立ち上がり、あたしはゆっくりと歩き出す。


 ドアに続くこの距離が怖い。


 足が鉛みたいに重くて、心臓は今にも破裂しそうにざわめいて、息が乱れる。


 あぁ、終わりだ。


 これが最後の別れ。


 手が震える。全身に汗が噴き出る。ノドがカラカラだ。


 深い惑いと大きな焦燥で気が狂いそう。大声で叫びだしそうになるのを、ギリギリのところで必死に抑えている。


 ここで立ち止まりたい感情と、それを許さない理性が、嵐のように激しくせめぎ合ってあたしに問いかける。


 本当になにも言わないままでいい?


 本当にこれでいい?


 本当の本当の本当の本当に……


 本当に、これが最後でいいの!?


「…………!」


 衝動を抑えきれず、あたしは振り返ってしまった。


 やっぱり、このままじゃ嫌だ!


 お父さん、お母さん! あたし本当は……!


「あ…………」


 そして。


 あたしは、そのまま声を失って脱力してしまう。


 だって。


 だってお父さんとお母さん、すごく普通で。


 いつも通りの姿だったから。


 だからあたしは、悟ってしまった。


 この平穏を……


 壊しては、いけないって……。
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