神様修行はじめます! 其の五
 このままで、いい。


 このままが、いい。


 このままのふたりの姿を、光景を、記憶にとどめておきたい。


 壁紙の模様も、カーペットの色も、ソファーの配置も。


 そこに座っているお父さんの姿も、パタパタと忙しそうに歩き回ってるお母さんの表情も。


 いつも通りの平凡な光景を、この心に焼き付けたい。


 どうしようもないほど大切で、


 絶対に失いたくないほど愛しくて、


 それでも、手放さなくてはならないこの世界を……。


「…………」


 あたしはドアノブに手をかけ、扉を開けた。


「おやすみ、里緒」


「おやすみなさい、里緒」


 背中越しに聞こえる、優しい声。


「……おやすみ、なさい」


 最後に交わしたその言葉が、嘘にはならない唯一の言葉であることに心から感謝して


 あたしは、そのまま振り返らずに廊下へ出て


 そして……


 静かに扉を閉めた……。

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