神様修行はじめます! 其の五
 ここから踏み出す勇気がない!


 残していく存在があまりに大きすぎて、背負うものがあまりに重すぎて。


 立ち上がることもできずに、怖気づいている。


 なんども覚悟を決めたのに。どれほど自分を鼓舞しても、まるで砂に吸われる水のように、確かな決意はどこか遠くへと消え去ってしまう。


 あたしは……。


 こんなに臆病者だったの……?


「天内君」


 物音ひとつしない空間に、その声が響いた。


 怯えながら両目をつぶり、体を丸めて震えていたあたしはハッと顔を上げる。


 そして、玄関先に立ってあたしを見ている彼の姿を見つけた。


「門川君……」


 闇に紛れるような漆黒の和装に身を包んだ門川君が、目の前にいる。


 その場に立ち尽くす人形のように、彼は身動きひとつしない。


 透き通る瞳であたしをまっすぐに見つめながら、その唇はなにも語らない。


『迎えに来た』とも。『一緒に行こう』とも。


 あたしに向かって、手を差し伸べることもない。


 ただ……


 目が。


 彼の、その目が。


 願うようにあたしを見つめ続けるその目が……すべてだった。


 見つめ返すあたしの思考は、一瞬で真白に染まる。


 怯えとか、不安とか、迷いとか、後悔とか……そんなものが、全部飛んでしまった。


「門川君!」


 気がつけば、体が勝手に動いていた。


 ピクリとも動かなかった両足で飛ぶように彼に駆け寄り、震える両腕で必死にしがみ付く。


 そして、何度もくり返し叫んだ。


「門川君! 門川君! 門川君!」
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