神様修行はじめます! 其の五
 門川君の実のお母さんが、その立場だった。


 だから鬼ババの奥方に恨まれて、散々イビられて、苦しん苦しんで、耐えて耐えて耐えて……あげく殺されてしまった。


 それが、後ろ盾のない愛人が辿る運命だ。


「正室は、それにふさわしい品格が求められますのでな。生まれ育ちというものは、本人の努力ではどうにもならぬ、残酷なものです」


 しみじみと言い募るオヤっさん。


 そのわりに同情のカケラも感じられない口調から、あたしはつくづく思い知った。


 結局のところ、上位の一族にとって自分たちの血統というブランドは、どうあっても捨てることができないんだね。


 ものすごく大きい、やすやすとは越えられない川が、あたしとこちらの世界の間には流れているんだ。


「女は自身の身分が低くとも、有力者の子さえ産めば安泰ですから、まことに羨ましい。そのてん男の世界は実力主義で、女のように簡単には……」


「黙らっしゃい」


「……は?」


 低い、静かな声が、唐突に話の流れを遮った。


 途中で口を挟まれたオヤっさんは、その声の迫力に圧されて口をつぐんでしまう。


「黙れ、と言っているのです。アナタさっきから聞いていればキーキーと、うちの裏山のヒヨドリよりも耳障りで、本気で鬱陶しいですわ」


「…………」


 絶好調に滑らかだったオヤっさんの舌は、嘘のように固定されてしまった。


 そして彼は我に返った表情で数回瞬きをして、恐る恐る、声の主を見つめる。


「わたくしの忍耐力にチャレンジするつもりですの? ……よろしくてよ? ご期待通りブッツリ切れて差し上げても、よろしくてよぉぉお?」


 半目に開いた両目をギラギラ光らせて、ドス黒いオーラを太陽コロナばりにゴォゴォ放出しているお岩さんが……


 とても言葉では言い表せない凄まじい迫力で、ニコニコと微笑んでいた……。
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