君の中で世界は廻る〜俺様ドクターの唯一の憂い〜



「瑛太? どうしたの?
おばあちゃんのとこ?」


瑛太は黒の大きめのМA-1を着て、ベンチに縮こまって座っていた。


「あ、いいから。
俺の事は気にしないで仕事済ませてきなよ。

その後に、きゆにちょっと話があるからつき合って」


きゆは時間がない事もあり、瑛太に分かったと返事して仕事へ向かった。


きゆは老健施設にいるお年寄りと談笑することが好きだった。
みんな自分の若かりし頃の話をしたがる。
きゆはそんなお年寄りの昔話を自ら率先して質問し、できるだけ恋愛話をしてもらった。

あるおばあちゃんは、89年間生きた中で本当に愛した人はたった一人だという。
きゆにだけに耳打ちをしてそっと教えてくれた。


「旦那は死んでもういないけど、実はその愛しい人は旦那ではないの」


そのおばあちゃんはペロッと舌を出し、気恥ずかしそうにそう言った。


「その人は戦争で死んでしまったけれど、でも、私のここで、いつまでも生きてる」


しわしわになった小さな手で胸の上を押さえながら、きゆを見て優しく微笑んだ。


きゆは最近よくこう考える。
本当の意味で、お互いが求めあって信頼しあって、これ以上人を愛せないと思えるほどの確信を持って死ぬまで添い遂げていける人達って、この世の中にどれくらいいるのだろうと。





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