今宵、ホテルの片隅で。
今宵、ホテルの片隅で。
また今年も嘘をつくのか。
デザインを請け負った見本として届けられた無料情報誌をめくりながら物吹ける。
恋人とのデートの一つとしてホテルステイの紹介記事があった。
そういえば、このホテル、泊まったことがあった。
あの頃は幸せだった。気づかないだけで。
今頃、あの人はどうしてるんだろう。

わたし、水鳥冬子はもうじき三十路にもうじき手が届く、28歳。
学生時代のアルバイトからそのまま今のデザイン会社に居ついてしまって気づけば年下の従業員をさばく立場となってしまった。
といっても小さな会社だから特別先輩風を吹かしているつもりはないけれど。
「水鳥さん、このデザインなんですけどね」
机の上に開いていた情報誌をすぐさま閉じた。
パーソナルスペースの中へとぐいぐい入ろうとしているのが、2つ年下の夏野晴樹。
大学卒業後、入社してまもなく会社のホープとして本領を発揮してくれる彼の行動力はありがたいんだけれど、隙あればわたしにくっつこうとしているところに腹が立つ。
「今月末、水鳥さん、誕生日なんですね」
会社の人間には付き合っている彼氏がいると嘘をついている。
自分でプレゼントを買ったり、デートにいく過程を考えたりして試行錯誤で演技をしているものの、バレるのも時間の問題だ。
「いいなあ、彼氏とデートですか。うらやましいな」
「夏野くんには関係ないでしょ?」
「関係ありますよ、だって」
と、続きをいいたげな顔をしていた。
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