今宵、ホテルの片隅で。
部屋のベルが鳴り、ドアを開けるとスタッフの方がハートの形をした小さなショコラケーキを運んできてくれた。
「水鳥様、お誕生日おめでとうございます」
ちらりと夏野くんが座るソファをみていたから、スタッフの目には男女がいるってことでカップルにみられてるんだろうか。
紺色の布製ソファに腰掛けると、夏野くんも隣に座ってきた。
「けっこう近いって」
夏野くんはわたしの言葉を無視して切り分けフォークに一口サイズのケーキを差し出す。
「水鳥さん、あーん」
「まったく恋人みたいなことしないで」
「じゃあ、恋人らしく振舞えばいいんですよね?」
そういいながら夏野くんはフォークに刺さるケーキをわたしより先に食べてしまった。
「連れてくるんじゃなかったかな」
ちゃっかりケーキを食べている夏野くんをよそに明日のことを考えていた。
「明日、結婚するの。元彼がこのホテルで」
「敵陣に忍び込んだところで何も始まらないですよ」
「……そうだよ、そうだけど」
「じゃあ、今夜だけでも忘れてくれませんか。過去のこと。オレだって随分昔ですけど元カノのこと記憶から消し去ったんですよ。すべては水鳥さんがいるから」
「夏野くんからそんな強気発言きけるなんて」
「説教くさいって言われてましたからね」
切り分けてくれた半分になったハートのケーキに口をつける。
ブランデーがきいていて大人の味がした。
< 5 / 8 >

この作品をシェア

pagetop