星屑プリンセス
去年のクリスマスイブ、感性を養うためと銘打って宿泊したこの高級ホテル。ロビーにそそり立つ巨大なツリーに一目惚れして、私は延々と鉛筆を走らせた。
しばらくして肩にストールがのり、見知らぬおじいさんに話しかけられる。絵をとても気に入ってくれて、僭越ながら私の夢のお話をしたあと、スケッチに想像の天使を描き足し贈った。
おじいさんはこのツリーが大好きなのだそう。毎年変わるデザインは「お客様の心が和む一時になるように」と、総支配人が自ら手掛けているらしい。
来年も私が描いた絵がほしいとおっしゃるので、一年後、この時間にこの場所で再会を約束したのだ。
しかし今年は金銭的に余裕がないので、恥を承知で居座っている。せめて場に合うようにとお洒落をしてドレッシーなワンピースで来たのだが、画材を抱えているものだから不釣合いなのは否めない。
さらに会社の同僚には、イブに会いたい人がお年寄りだなんてカワイソウだと笑われた。
OLの傍ら絵本作家を夢見る私。休日になると自然あふれる場所へ出向いたり、ラグジュアリーな空間へ足を運んだりして黙々とスケッチに明け暮れる。
絵を描くこと、お話をつくることが好き。私の絵が誰かの大切な一時になれたら嬉しい。
待ち人はそんな夢を応援してくれる人。今年はぜひ絵本を読んでほしくて創作用のスケッチブックも持参した。あわよくば、まだ題名のないこの世界に名前を付けてもらいたいのだが、三十分を過ぎて半ば諦めモード。口約束だったし都合もあるはず。私はもう一枚分待って帰ろうと画用紙をめくった。
その時、淡い桃色のストールがふわりと肩にのる。それが去年の出会いと重なり私は笑顔で顔を上げた。
「おじいさん!」
「なんだと?」
……誰この人。
突然私の目の前に現れた人物は〝おじいさん〟が癇に障ったのか、眉間に皺を寄せ不機嫌な顔をしたホットガイ。漆黒の髪と清楚に着こなしたスーツが上品なその装いは、まるでお話に出てくる王子様じゃないか。すると女の子は私になるが現実世界では適用外。関与しない方が妥当だと思い頭を下げた。
「人違いです。失礼しました」
それからストールを返そうとすると、そっと彼の手にさえぎられる。予期せず包まれた大きな手にドキリとした。同時に不愛想な彼の低い声が響く。
「二時間以上も窓際にいたら冷えるだろ」
「あ、ありがとうございます。……ん?なんで知っているんですか?」
彼は私の問いに答えずに、空返事をしながらスケッチブックに手を伸ばす。慌てた私が制止するよりも早く、おもむろにページをめくり出した。
「ちょっと!」
わずかに微笑んだ彼がストーリーとだぶり運命を見る。けれども、それはすぐに思い上がりだと理解した。
「どうして女の子は王子様のために絵を描き続けたんだ?」
「え?」
「美点がない。都合よすぎるだろ」
「それは……」
私は悔しさに唇をかみしめる。それは彼の指摘に対してではなく、自分の未熟さに。絵本は絵で伝えるものだから、まだまだ努力が足りないのだと痛感した。
「でも、やわらかくて癒される。心が温かくなる絵だな」
彼は挽回でもするかのように少し声を張った。まさか褒められるとは思わず、驚きを隠せない。放心する私の手から今度はツリーを描きためたスケッチブックを取り上げ、ぽつりと呟いた。
「これ、好きだな」
そう言う彼は優しい目をしていた。多分、初対面の私にも飾ったりつくろったりせず、素直に話してくれているのだろう。
「一枚譲ってよ。お礼はディナーショーでどう?」
不意に挑戦的な眼差しになり、ひらりとチケットを掲げる。本気で口説いているわけではないと思うけれど、ベタな展開にあきれてため息をついた。
「うまいこと言ってもナンパはお断りです」
「チケットが余っていたんだよ。そしたら独り身の暇そうな女を見つけただけ」
「待ち合わせしていたんです!それに、私は今絵を描いて……」
「そいつ来ないんだろ?ジャズライブで感受性を高めるのもいいんじゃない?」
それはまぁ、おっしゃる通り。本筋に沿う理由ができてしまった。なにより作品に嘘をつかない人は嫌いじゃない。
「わかりました。カワイソウだから付き合ってあげますよ」
彼は意味がわからないという顔をして首を傾げる。私はクスリと笑みをこぼした。
「彼女に振られたんでしょ?」
「あぁ、そういうことにしておこう」
肩を竦めた彼の隣に立つと、自然と背中に回される腕。肌触りのよいストール越しに体温を感じ、私をどんな世界へと連れ出すのか胸を高鳴らせて彼のリードに従うことにした。
しばらくして肩にストールがのり、見知らぬおじいさんに話しかけられる。絵をとても気に入ってくれて、僭越ながら私の夢のお話をしたあと、スケッチに想像の天使を描き足し贈った。
おじいさんはこのツリーが大好きなのだそう。毎年変わるデザインは「お客様の心が和む一時になるように」と、総支配人が自ら手掛けているらしい。
来年も私が描いた絵がほしいとおっしゃるので、一年後、この時間にこの場所で再会を約束したのだ。
しかし今年は金銭的に余裕がないので、恥を承知で居座っている。せめて場に合うようにとお洒落をしてドレッシーなワンピースで来たのだが、画材を抱えているものだから不釣合いなのは否めない。
さらに会社の同僚には、イブに会いたい人がお年寄りだなんてカワイソウだと笑われた。
OLの傍ら絵本作家を夢見る私。休日になると自然あふれる場所へ出向いたり、ラグジュアリーな空間へ足を運んだりして黙々とスケッチに明け暮れる。
絵を描くこと、お話をつくることが好き。私の絵が誰かの大切な一時になれたら嬉しい。
待ち人はそんな夢を応援してくれる人。今年はぜひ絵本を読んでほしくて創作用のスケッチブックも持参した。あわよくば、まだ題名のないこの世界に名前を付けてもらいたいのだが、三十分を過ぎて半ば諦めモード。口約束だったし都合もあるはず。私はもう一枚分待って帰ろうと画用紙をめくった。
その時、淡い桃色のストールがふわりと肩にのる。それが去年の出会いと重なり私は笑顔で顔を上げた。
「おじいさん!」
「なんだと?」
……誰この人。
突然私の目の前に現れた人物は〝おじいさん〟が癇に障ったのか、眉間に皺を寄せ不機嫌な顔をしたホットガイ。漆黒の髪と清楚に着こなしたスーツが上品なその装いは、まるでお話に出てくる王子様じゃないか。すると女の子は私になるが現実世界では適用外。関与しない方が妥当だと思い頭を下げた。
「人違いです。失礼しました」
それからストールを返そうとすると、そっと彼の手にさえぎられる。予期せず包まれた大きな手にドキリとした。同時に不愛想な彼の低い声が響く。
「二時間以上も窓際にいたら冷えるだろ」
「あ、ありがとうございます。……ん?なんで知っているんですか?」
彼は私の問いに答えずに、空返事をしながらスケッチブックに手を伸ばす。慌てた私が制止するよりも早く、おもむろにページをめくり出した。
「ちょっと!」
わずかに微笑んだ彼がストーリーとだぶり運命を見る。けれども、それはすぐに思い上がりだと理解した。
「どうして女の子は王子様のために絵を描き続けたんだ?」
「え?」
「美点がない。都合よすぎるだろ」
「それは……」
私は悔しさに唇をかみしめる。それは彼の指摘に対してではなく、自分の未熟さに。絵本は絵で伝えるものだから、まだまだ努力が足りないのだと痛感した。
「でも、やわらかくて癒される。心が温かくなる絵だな」
彼は挽回でもするかのように少し声を張った。まさか褒められるとは思わず、驚きを隠せない。放心する私の手から今度はツリーを描きためたスケッチブックを取り上げ、ぽつりと呟いた。
「これ、好きだな」
そう言う彼は優しい目をしていた。多分、初対面の私にも飾ったりつくろったりせず、素直に話してくれているのだろう。
「一枚譲ってよ。お礼はディナーショーでどう?」
不意に挑戦的な眼差しになり、ひらりとチケットを掲げる。本気で口説いているわけではないと思うけれど、ベタな展開にあきれてため息をついた。
「うまいこと言ってもナンパはお断りです」
「チケットが余っていたんだよ。そしたら独り身の暇そうな女を見つけただけ」
「待ち合わせしていたんです!それに、私は今絵を描いて……」
「そいつ来ないんだろ?ジャズライブで感受性を高めるのもいいんじゃない?」
それはまぁ、おっしゃる通り。本筋に沿う理由ができてしまった。なにより作品に嘘をつかない人は嫌いじゃない。
「わかりました。カワイソウだから付き合ってあげますよ」
彼は意味がわからないという顔をして首を傾げる。私はクスリと笑みをこぼした。
「彼女に振られたんでしょ?」
「あぁ、そういうことにしておこう」
肩を竦めた彼の隣に立つと、自然と背中に回される腕。肌触りのよいストール越しに体温を感じ、私をどんな世界へと連れ出すのか胸を高鳴らせて彼のリードに従うことにした。