近すぎて
熱々のコーヒーを手に、再び寒風の中に戻ってしまった。
残念ながら、イートインスペースがなかったのだ。

「あそこでもいいか?」

千崎さんが顎でしゃくって示したのは、公園と呼ぶにはおこがましいくらい小ぢんまりした緑地公園。
かろうじて人目を遮る植栽とベンチがあるだけ。もちろん、ブランコや滑り台のような遊具などひとつもない。

古ぼけた木製のベンチに座るのを、ほんの一瞬だけ躊躇ってしまった。
だけど、オーダーのスーツを着た千崎さんはなんの迷いもなく腰掛けるから、バーゲンで揃えた服の私も覚悟を決め隣に座る。

午後から取引先へ向かう予定が入っていて早めにお昼を摂ったせいか、年内に契約をまとめられた安心からか、空の胃にいつもより多くミルクと砂糖を入れたコーヒーが染み渡っていく。

せっかくの豆と水にこだわった味だというけれど、疲れたときにはこれが止められない。

そういえば、千崎さんはミルクだけ入れる人だ。
慎司と一緒だな、なんて、ぼうっと通り向かいにあるビルの青空と雲を映す窓を眺めていたら、バッグの中で携帯が震える。

「確認しなくていいのか?」

「あ、はい……」

一応勤務中だ。それに少しだけ、見るのが怖い。
そう思いながらもチラチラバッグへと送る視線に気づいた千崎さんが苦笑した。

「構わないぞ。今は休憩中だし。それに気にしている上杉を、こっちが気になる」

「……すみません」

カップをベンチに置きバッグから取りだした携帯の画面をみる。そこに表示されたメッセージを読んで、無意識にため息が出ていた。

「彼氏から?」

不意打ちのような質問の答えに詰まってしまう。メッセージの送り主は、慎司だ。

「……違いますよ。大学の同期生からです」

そう。私と彼は“まだ”恋人同士ではない。

「なんだ。「薫ちゃんが、最近携帯を見る回数が増えたのよ」って三宅がいうから、俺はてっきり恋人でもできたのかと思ってた」

千崎さんと同期入社した三宅先輩の口真似をして、目を瞬かせている。

まさかそんなことまでチェックされていたとは。

確かに一年前までの私は、朝デスクの引出しにしまった携帯を、退勤まで確認することなんてなかったかもしれない。
その理由は簡単に思い当たって、冷たい空気に晒されているはずの頬が熱くなっていく。

「そんなんじゃ、ありません」

返信もせずに、携帯をバッグの奥に押し込んだ。








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