近すぎて


「ということがあったのよ」

空になった中ジョッキをドンと置いて、焼き鳥の盛合せを持ってきた店員さんにおかわりを頼む。

公園で慎司から受け取ったメッセージは、『今夜は間にあいそう』という飲み会の了承だった。

ここは大学時代もよく使ったチェーン店の居酒屋。それも、私の自宅の最寄り駅にある店だ。

「へえ」

出張帰りだという慎司から聞こえたのは気のない返事で、なんだかこっちの力が抜ける。
一年前、あのリムジンバスから投げられた啖呵は、どこへいってしまったのだろう。

そう。もうすぐあの夜から一年経つ。
それなのに、彼が再び東京に戻ってきてからこうして会った回数は、両手の指で足りるくらいしかない。

桧山家具新店舗の開店準備で忙しくしている慎司のほうから会おうと誘われ、彼の予定に合わせたのにもかかわらず、ドタキャンされることも度々あった。
ようやく都合がついても、たいがいがこんな居酒屋だったり、家庭的な定食屋やレストランでの食事。

それが不満なわけではない。むしろ、会計のこととかで変な気を遣わないから楽だ。
ただ、どんなふうに『攻めて』くるのか身構えていたこちらとしては、正直ちょっと拍子抜けしたけれど。

「ずいぶん、余裕じゃない」

空きっ腹に入ったアルコールは、質の悪い絡み酒になる。昼間の千崎さんの言動が私を苛つかせ、目の前で焼き鳥に手を伸ばした慎司の態度がさらに拍車をかけていた。

「だって、断ったんだろ?」

烏龍茶のグラスを揺らして氷を鳴らす。
成田からここまで車で来たうえに、明日も早い時間の新幹線に乗らなければいけないらしく、彼は終始ノンアルコールだ。

「……どうして、そう決めつけるの?」

「俺の知っている薫は、そんな中途半端なことするヤツじゃないから」

真顔で焼き鳥を頬張らながら言われても、どう返せばいいのかわからない。
なぜなら、今の私たちの関係こそがとても中途半端なのだから。

『友達以上恋人未満』

今どき、少女マンガの中くらいでしか聞かない言葉かピッタリだ。







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