近すぎて
ズルいことをしていると思う。
私は、慎司の想いが自分にあるという傲りに寄りかかっているのだ。

でも大学時代に戻ったみたいな距離感が心地いいくせに、時々その距離をもどかしくも感じ始めている。

だったら、一年など待たずにこちらから近づけばいい。

とても簡単なことのはずなのに、長年囚われていた片思いから、たった一夜の出来事で抜け出した軽い女だと思われたくないという、自分勝手な意地が邪魔していた。

「もちろん断った、けど」

「けど?」

「とりあえず仕事納めの日まで待つから、だって」

それでダメならキッパリ諦める、とまで言われ、話を一方的に打ち切られてしまっている。
その後は、まるで公園での時間がなかったことのように、いままで通りの千崎さんに戻っていた。

「ふーん」

興味なさげに慎司はまた焼き鳥の串にかぶり付く。
私が砂肝を一本食べ終わってもいないうちに、いつの間にかそれが最後の一本になっていた。

「レバー、食べられるようになったんだ?」

「え?……ええっと、あれだ!最近貧血気味で」

竹串に残っていたひと切れを、ろくに噛まずに飲みこむ。忙しすぎて、食生活が乱れているのじゃないかと心配になった。
海外に行くことも多いため、万年時差ボケが抜けないとも言っていたっけ。

こうして会う僅かな時間を作るのにも苦労するくらい彼が多忙なのは、たまにしか連絡を取らない私からみてもよくわかる。
九州に本店を置く桧山家具が、満を持しての東京進出。それを一任され躍起になるのは仕方がないと思うけど、身体を壊しては元も子もない。

「無理しないでね」

烏龍茶を呷っていた慎司の目が大きな丸になってから、緩やかな弧を描く。

「ああ、してねえよ」

眼差しと同じ柔らかな声音が、凪いでいた私の鼓動を大きく乱した。

「ちよ、ちょっと失礼!」

呑んだビールの分以上に赤味が増したはずの顔を伏せ、慌てて化粧室へと逃げる。

予想通り、鏡に映った顔は明らかに火照っていて、クールダウンさせるのに思いのほか手間取った。

どうにか熱も鼓動も落ち着けて戻った私を、心配そうな慎司の顔と不思議な赤い物体が待っていた。

「もう少し経っても帰ってこなかったら、女子トイレに突入するところだった。……大丈夫か?」

「うん、ちょっと酔いが早く回っただけだから」

本当は呑気に酔っ払っていられるほど心に余裕なんかない。
しっかりした足取りで席に着いた私に、慎司はほっと表情を緩め烏龍茶をふたつ注文する。
どうやら私ももう呑むなということらしい。










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